帰還シリーズのアップデート
今年私たちは、創業から10年を迎えるのですが、この10年という時間は、京都醸造という会社がどんなビールを造る醸造所なのか、評判やイメージが定着するのに十分な年月です。そして、比較的早い段階から京都醸造は「ベルギースタイルに特化した醸造所」と呼ばれることが多くなりました。
もちろんご存じのとおり、私たちが造るビールの全てがベルギースタイルではないですし、伝統的なスタイルを忠実に再現しているわけでもありません。定番の3種類(一期一会、一意専心、週休6日)はすべてベルジャン酵母を使いながらも、モダンなホップとの組み合わせを楽しんでもらえるもので、そこに京都醸造らしい独自性を表現しています。それでも、しばしば「京都醸造といえば」と聞くと、「あぁ、ベルギービールの」という答えが返ってくるのが現実です。
また、「ベルギー酵母×モダンホップ」というコンセプトだけのブルワリーという枠に収まりたくないという想いもあり、ベルギースタイルとは異なる多くのシリーズ(例えば、フルーツサワーの「満彩」や季節限定IPAの「気まぐれ」シリーズなど)を展開してきました。

とはいえ、ベルギーの豊かなビール文化は、私たちをひきつけて止むことはりません。ベルジャン酵母由来の多彩なキャラクターだけでなく、アルコール度数や副原料の自由な使い方など、非常に多様で奥深く、学ぶところが多いです。
隣国ドイツの「ビール純粋令(ラインハイツゲボート)」が、ビールの品質を底上げする目的で原料を「麦芽・ホップ・水・酵母」のみに限定し、それ以外のものを排除したのとは対照的に、ベルギーのビールは自由そのものです。この「自由さ」こそが、何世紀にもわたる革新と挑戦の結果、現在の多彩なベルギービール文化を生み出したのだと思います。

だからこそ、私たちもベルギースタイルのビールを造るのであれば、こうした自由さを活かさないのであれば、それはとてももったいないことだと思うのです。もちろん伝統的なスタイルを忠実に再現することで学べることはたくさんあります。しかし、それだけではなく、ビールの基本4原料(麦芽・ホップ・水・酵母)以外にも、その土地ならではの素材を取り入れることで、まだまだ面白い挑戦ができる世界がベルギースタイルには広がっています。そうしたことから、日本国内に可能性を秘めた素晴らしい素材がたくさんあることに目をつけ、数年前に「帰還シリーズ(Rediscovery)」を立ち上げました。
このシリーズは、ベルギースタイルに魅了されてビール造りを始めた私たちが、さまざまなスタイルにも挑戦し、ぐるっと長い旅路を経たのちに、もう一度新しい目線で原点であるベルギースタイルに立ち返る、そんな気持ちで始めたシリーズです。最初に自分たちに大きな感動と影響を与えてくれたデュポン社のセゾンはじめ、数々のベルギースタイルのビール、そうした伝統的なスタイルを見つめ直し、「今の自分たちの技術と感性を持って、古典に新しい解釈やひねりを加える」というコンセプトで、帰還は始まりました。ひとつひとつのビールのネーミングにかつての京都醸造らしさを感じさせる四字熟語(創業からしばらくは四字熟語のネーミングをよくつけていた)を少しアレンジしたものを冠するところもそうした理由から。

しかし実際に、シリーズが始まってみると、「今の京都醸造らしさ」を反映する部分が想像以上に大きな役割を果たすことになり、シリーズは「巡礼」のような意味合いを帯び始めました。 クラシックなスタイルに新たな発見を求める旅であると同時に、日本の素晴らしい素材を通じて、ビールの魅力をさらに高める「最高のひとひねり」を見つけ出す旅でもあります。
もちろん、これまでの何百年もの歴史に裏打ちされ、磨き上げられてきたベルギービールの完成度を私たちが超えられるとは思っていません。ですが、遠く離れた日本だからこそ生まれる唯一無二の味わい、そして本場では決して再現できないものを生み出せる可能性はあると信じています。
黄金色のベルジャントリペルに山椒を合わせた「有終甘美」、モルトの深い味わいとベルジャン酵母由来のフルーティーなフレーバーが特徴のデュベルに黒みつを合わせた「内密和音」、国産カスケードホップの味わいを楽しめるシングル「門外不出」など、スタイルの魅力はそのままに、日本ならではの副原料が加わることで一層の輝きが与えられるのです。
このシリーズは、私たち自身と同じように進化し、成長してきました。それは、昨年のリリースより、すべてが容器内二次発酵を施して造られるようになり、より本格的なビールを楽しめるシリーズへと進化しました。そして今年、シリーズは新たな装いで歩みつづけ、新商品である雑穀のセゾン「一粒万杯」が登場します。

セゾンというスタイルの根本的なコンセプトに立ち返り、その土地でできた穀物をふんだんに使って造られたファームハウスエール。今回は、国産のそばの実と小麦を使用し、かつてのセゾンが持っていたであろう素朴で力強い味わいを、日本の穀物をもって再現することを目指しました。私たちが楽しみながらこのシリーズに取り組むように、ぜひ手に取って、その味わいを楽しんでいただけたら嬉しいです。決して派手なビールではありませんが、その分、インスピレーションとなったベルギーのビールのように、何層にも重なる複雑さを感じてもらえるはずです。
もちろん、このセゾンも、伝統的な製法、二次発酵を施しています。そのため、日本の酒税法上は「ビール」ではなく「発泡酒」に分類されてしまいます(いつか日本の税務署も、伝統的なベルギービールを正式に「ビール」と認めてくれる日が来ることを願っています!)。二次発酵の特徴として、きめ細かい品のある泡や心地の良い自然発泡に加え、時間の経過とともに熟成し、味わいが変化していきますので、ぜひ冷蔵庫やワインセラーのような低温環境でしばらく寝かせて、味の深化を楽しんでみてください。