仲間と造る w/ Vertere

3月に入り、5月10日の京都醸造の10周年記念イベントにまた一歩、日が近づき、ぼんやりしていた全体の輪郭がよりはっきりと見えてきたと実感する今日この頃、私たちはすこし京都から離れ、東京の奥多摩にあるVertere Brewingの新しい仲間たちと共に醸造を行いました。またその4日後には、Vertereの面々が京都に来て、私たちと共に仕込みを行うという過密スケジュールで、かれらとの初めてのコラボが断行されました。

過去のコラボレーションの中で、Vertereは実際には最も直接的なやりとりが少なかったブルワリーですが、以前から彼らの造るビール、ビール造りに対する実直で真摯な姿勢に尊敬を感じていたので、今回一緒にコラボできたことを大変嬉しく思います。

先月は、Vertereが醸造を開始して9年目を迎えました。彼らの新しい第二工場(1年ほど前から稼働)に行くと、想像以上のスケールで、この9年間に彼らがどれほど成長したかを実感することができました。

Vertereの共同創業者で、代表社員である鈴木光さんによれば、最初の醸造所(場所は奥多摩駅のすぐ向かい側)の建物の拡張を検討していた際に、JRから建設にかかる費用を、長期賃貸契約に組み込むことで軽減する提案があったようです。JRは通常、駅や線路の近くに位置する企業にのみ、このような提案・計画をしますが、Vertereの奥多摩への経済的影響力が非常に大きかったため、JRは彼らが長期的に奥多摩を拠点とし続けられるよう手厚い支援の手を差し伸べたのでしょう。(Vertere第二工場についての外部記事

当初、彼らは160リットルの醸造システムでビール造りを始めました。Vertereのビール造りを担うのは、もう一人の共同オーナーである辻野木景さん(以下、木景さん)。木景さんと鈴木さんは高校時代からの友人で、一緒に醸造所を始めようと志を共にし、その舞台となる醸造所候補地を探していました。そんな時、都会からさほど離れていないけど豊かな自然がある奥多摩で、さらに深い渓谷の谷間を流れる川を見下ろすことができる、すこし古いけど味のある物件に出会いました。その場所に決めて、敷地の半分は庭と大きなパティオに、あとの残りの半分の醸造スペースとタップルームに生まれ変わりました。週末になると、全国から自然を求めて奥多摩を訪れるハイカーや旅をするバックパッカー達がVertereはドアを開け、和やかに集って美味しいビールを楽しむというなんとも素敵な風景が繰り広げられていることでしょう。

さて、そろそろ今回のコラボの話に移りたいと思います。
彼らは普段から幅広いスタイルのビールを造っていますが、それらのビールが十分な支持を得られるかどうかはあまり心配せず、今日に至るまで、奥多摩から遙かに離れた地域でも彼らのビールは販売されてきました。一般的にはマーケットが広がれば広がるほど、ある程度強みを活かしたスタイルに絞った戦略に移行していくのですが、彼らは依然として多彩なスタイルのビールを造り続けています。こうして、造りたいビールを造り続けられるのも、自分たちが造るビールへの自信と確固たる技術、そしてゆったりと構える柔軟な姿勢が成せることなのかもしれません。

そして、このコラボで造るビールについて話あった時、彼らがホッピーなビールを作る際に使っている乳酸菌を使ったサワリングの手法を私たちに取り入れてみないかと提案してくれました。さらに、共通したコンセプトをもとに双方でビールを造り、それぞれの特徴を比較して楽しむという発想にも面白がってくれ、相手のハウス酵母でビールを造ることについてもいろいろと意見を交わせました。その結果、こちらでは乳酸菌を使ったベルジャンサワーIPAを造ることに。

ビールに酸味を与える工程であるサワリングの際、基本的には麦汁に乳酸菌(具体的にはラクトバチルス・ブレビス菌 "Lactobacillus Brevis")を投入します。これまで、京都醸造は熱処理を伴う方法、つまり麦汁に酸味を付けた後にビールを煮沸し、乳酸菌を殺した上でホップを加える手法でサワービールを造ってきました。しかし、Vertere流は違い、100%煮沸後の冷却段階で乳酸菌の投入が行われます。つまり、煮沸釜の外でも生きた乳酸菌を使って、Vertere独特の魅力的な酸味を生み出していたのです。

以前の私たちなら、もしこの方法を試す提案があれば、「申し訳ありませんが、それはできません」と断っていたでしょう。なぜなら、この細菌が醸造所内の何らかの表面に付着すると、醸造所内のビールを汚染するリスクがあるからです。もし仮に、汚染されたビールが工場を出た先で、冷蔵されない状態に置かれるとすると、ビール内で菌が増殖するリスクにさらされるのです。温度が上がったビール内では、乳酸菌が急速に繁殖し、オフフレーバーと呼ばれる不快な風味を生み出すだけでなく、缶内で二酸化炭素を発生させ、場合によっては缶が圧力によって爆発する恐れもあります。しかし幸いなことに、最近QAQCラボを作ったおかげで、ビールを適切に分析し、ビール内が「微生物フリー」であることを確認できるようになりました。

この少しの安心を与えてくれる設備が今の私たちにはあるという前提で、慎重さというガードをすこし下げ、この乳酸菌を使ったビールに挑戦することにしました。そして、最後乳酸菌の活動を止めるために熱を使う代わりに、ホップを使って抑制しようと考えました。ラクトバチルス・ブレビスの素晴らしい点は、その酸味にフルーティーさがあり、ベルギー酵母由来のエステル香と、アメリカとニュージーランドのパンチの効いたホップの風味と見事に調和するところにあります。

これを念頭に、このコラボでは両醸造所が、トロピカルな柑橘系のシトラと、Eggers Riwakaのパッションフルーツ系のアロマという二重のインパクトに焦点をあてたホップをセレクト。さらに違いを作るために、それぞれがUS Indie Hops(独自のホップを生産する小規模な独立系ホップ会社)の取り扱うホップの中から、気になったものをえらぶことにしました。私たちは桃とマンゴーレモネードの風味を持つLuminosaを選び、Vertereはさっぱりとしたフレッシュフルーツ感が特徴のLorienをセレクト。こちらのビールでは、最後にシムコーを加え、乳酸菌によるフルーティーな酸味と調和するようなシトラス系の香りの層を作りました。

そして、出来上がったこのサワーIPAに「胡蝶の夢」という名前を付けました。昔の中国のお話で、簡単に言うと、ある日蝶になる夢を見て、次第にそれが現実なのか夢なのかがわからなくなるというものですが、そこには死期が近づき、人生のはかなさをしみじみと感じるという話に続きます。このビールのコンセプトを最初に聞いたとき、ビール内を悠々と泳ぐ乳酸菌に想いを馳せ、突然殺菌効果のあるホップを投入され(しかも大量に)、青天の霹靂を感じた瞬間に夢から覚めるというストーリーが思い浮かび、昔教えてもらったこの故事成語を名前に当てました。

菌にとっては少々無残な話ですが、おかげで複雑で心地のよい酸とホップが絶妙に働き合い、ビールの仕上がりには本当に満足しています。穏やかな酸味はありますが、ホップも十分に効いているので、ホップ好きの方々にも十二分に納得してもらえる一杯。さらに、Vertereの面々と過ごす時間は本当に楽しく、今後も頻繁にお会いできることを心から願っています。