アメリカのクラフトビールシーンで今起こっていること - パート2
ジェームズの加入、KBC2.0 beersという新しい取り組みの始動、来年に向けてのホップの獲得など、京都醸造が自ら起こしているこの6か月間の目まぐるしい変化や、その先でKBCが目指していることについてをこれまでの約8週間の中で凝縮してお話ししてきました。
また、年末が近づくにつれて、来年2025年に京都醸造がどのようなことを新たに計画しているかについても具体的に触れていきたいと考えています。(年末には、来年上半期の予定している大きな計画を共有する予定。そして5月には、京都醸造の10周年を控えています)。
さて、前回はBenからアメリカ東海岸で訪れた醸造所で見聞きしたことをレポートする内容の記事を書きました。そこでは実際に訪れた醸造所のほんの一部しか挙げていませんでしたが、以下にすべての醸造所を記しておきます。レポートに登場したTrillium Brewing, Allagash Brewing Company, Oxbow Brewing Company and Hill Farmstead Breweryに加えTreehouse Brewing Company, Bissell Brothers, Maine Beer Company, Sacred Profane Brewery & TankPub, Schilling Beer Co., Alchemist Beer, Vitamin Sea Brewingの合計11の醸造所へ行きました。
そして、私ポールからは、訪れた西海岸のシアトル、ポートランドで見たことや感じたことをレポートします。現地の雰囲気を詳しく皆さんに伝えたいという気持ちで書いていると、とても長いものになってしまいましたが、ぜひビールでも飲みながら、リラックスしてご一読いただければ幸いです。
今回、西海岸でのホップの買い付けにとどまらず、東海岸を訪れた理由は、ヘイジーで知られるニューイングランドIPAを最初に発明した"聖地"を訪れることでした。実際にそのエリアを訪れることは初めてでしたが、造るビールを高く評価している醸造所がいくつもあり、それは新しい醸造所から年季の入った醸造所まで、小規模から大規模まで、それらを可能な限り見て回ることを目指しました。
醸造所に足を踏み入れ、ビールを注文し、その雰囲気の中でビールを味わい、彼らの「DNA」を垣間見るというのは、誰にとっても素晴らしい体験です。さらに醍醐味と言えば、作り手やそこで働く人たちと出会い、話すことです。素晴らしい人々(TrilliumのJC Tetreault、AllagashのJeff Pillet-Shore、Hill FarmsteadのBob Montgomeryなどなどたくさん)と新しく出会えたこと。そして、旧知の友人であるOxbowのTimと彼のホームで再会することができたのも言葉に変えられないような最高のひと時でした。ありがとう、Tim。
=====
では、数週間前、私たちがアメリカの西海岸にいた時まで遡って、話を始めましょう。東海岸(ニューイングランド)の時は、Ben・Jamesと私ですべての場所を訪問しましたが、西海岸では他の仲間たちが一緒でした。同行したのは、Derrek(West Coast Brewing)、Gareth + Shoji(Be Easy Brewing)、そしてJames(Black Tide Brewing)という面々。
まず、総括するような感想を述べると、、、自ら飛び込んでいったにもかかわらず、あまりにもビール!ビール!ビール!とビール三昧の時間を過ごしすぎて、最後にはもうビールを見たくない、という気持ちになったのは、正直なところ。
それはさておき、現地での体験を振り返ってみると、アメリカの業界が置かれている状況については、ある種の羨ましさを感じた部分もあれば、日本においてはまだ気にしなくてもいいこと、と少し安心した部分もありました。もちろん、「今のところは」という断わりをしておきますが。
コロナの残した傷あとは今も
シアトル都市圏の人口は約400万人で、この街にある醸造所は2022年時点で69カ所。日本の都市とは比べ物にならないような数に思えますが、実は2017年にはシアトルが米国の大都市の中でも最も多くの醸造所やビアパブの数を誇っていて、その数はなんと173カ所に達していました。そのことを考えると、ピーク時にあった60%の醸造所が閉鎖または統合されたということです。それも5年という短い期間の間に。
もう一つのアメリカを代表するビールシティーであるポートランドも同様に厳しい状況です。都市圏の人口は約250万人で、2017年には133カ所の醸造所やビアパブが軒を連ねていました。が、2022年時点では70カ所にまで減少しています。こうしたリアルな数字を見ると、アメリカという国の流れの速さを物語っているようです。
比較のために言うと、京都醸造のある人口140万人の京都市には、2022年に8カ所の醸造所が稼働していました。(そして、この2年間でさらに13カ所に増えています。)
先のアメリカの2都市で、これほど大規模に醸造所の閉鎖があったことと、国内で消費されるビールの消費量そのものが減少しているという事実で、業界全体の雰囲気はやや沈んでしまっているように感じました(消費量が減っている理由は、以前よりも飲む量が減った、または異なる飲み物を選ぶようになったため)。
そんな中でも、変わらず営業して、成功している醸造所は、何が違うのか。「変化に順応するか、それとも死を選ぶか」というマントラ(真理)を理解し、何かしらの策をもって、こうした大波を乗り越えてきているのではないでしょうか。それでは、彼らが実際にどのような醸造所なのか見ていきましょう。
魂はどこにある?
どんな業界においても業界が成熟するにつれて、一攫千金を狙うような人達はいなくなります。アメリカのクラフトビールの業界にも、「ブルワリーを始めればすぐにお金持ちになれる」と思っている人はほとんどいないと言えるでしょう。
興味深いのは、私たちが訪れたアメリカ北西部の醸造所の多くが、自分たちが何者であるかをしっかりと理解し、それに満足していると感じられたことです。作り手や経営者たちと話す中で、「私たちはこういう醸造所で、気に入るかどうかはあなた次第」という彼らの揺るがない姿勢と強い信念がひしひしと伝わってきました。
(訪問した醸造所は順に、Fast Fashion, Redhook Brewlab, Single Hill Brewing, pFriem Family Brewers, Baerlic Brewing, Upright Brewing, Steeplejack Brewing Co., Wayfinder Beer, Living Häus Beer Co., Grand Fir Brewing, Great Notion Brewing, Cloudburst Brewingの合計12カ所)
ケース1:Cloudburst Brewing
Cloudburst Brewingは2016年にシアトルで設立されました。有名なスターバックスの一号店からほんの少し行ったところにあります。東海岸で見かけた洗練された美しいブルワリーとは異なり、CloudburstはミニマルでDIYの自由な雰囲気を感じさせる醸造所。
ヘッドブルワーのスティーブは、以前AllagashとElysianでブルワーとして働いていました。スティーブがElysianにいた2015年、世界最大のビール企業、AB-InBevはElysianを買収するという出来事があり、そのタイミングでスティーブは醸造所を去りました。その数年後の2018年、すでにCloudburstにいたスティーブはGreat American Beer Festivalのコンペで自身の造ったアメリカンスタイルのウィートビールが銅メダルを受賞するという快挙を成し遂げました。そして、受賞式に登壇した彼は、”FUCK AB-INBEV”と胸に書かれたTシャツを着ていたそうです。
そういう彼の感情に賛同するかどうかは別として、この一連のエピソードから伺える彼の正直さには敬意を払わざるを得ません。そして、過去の経験からもわかるように、美味しいビールを造りつづけるのは、いかに「独立性」が大事かというのを信念にしていることも感じられました。
そうした、彼の考え方が醸造所運営にどのように表れているのでしょうか?Cloudburstは現在、2つのタップルームと通して、直接顧客にビールを提供すると同時に、約70の取引先にビールを販売しています。これで現在の醸造所の生産能力が限界に達しているにもかかわらず、彼にはビジネスを拡張する意欲はまったくと言ってもいいほどありません。
そんな足るを知る彼らのビールはどれも素晴らしく、ラインナップの豊富さにも驚かされました。ちょうど私たちが訪れたのがホップの収穫のシーズンだったということもあり、新鮮なフレッシュホップを使ったビールが数多く提供されていました。彼らは食べ物の提供はそこそこに、多くのエネルギーをビール造りに注いでいると感じました。ありがとう!
Case2: Grand Fir Brewing
Grand Firは、2022年にポートランドのシーンに登場した、比較的新進の醸造所。このブルワリーを創設した、ホィットニーとダグは夫婦で、元々、醸造と料理というそれぞれ異なる領域で活躍してきた二人が一緒になってビール造りを始めました。
ホィットニーは、北西部にあるいくつかの名高いブルワリー(Upright、Elysian、Pelican)での経験を経て、10 Barrel Brewingの醸造長に就任しましたが、この会社も2014年に世界的大手であるAB-Inbevに買収されました。彼女はそこで8年間キャリアを積んだ頃、新しいことに挑戦したいと日々感じていたそうです。
夫のダグは、国内で評価の高いレストランのシェフで、これまで数々の賞を受賞してきた経緯があり、2019年には自身のレストランをオープンしました。
そんな矢先にコロナの大流行があり、これまでそれぞれの道で走り続けてきた彼らは、ともに立ち止まることで、これからの人生についてじっくり考え直す機会になったと言います。そこで、二人が持っている力を一緒にし、ビールと食事を提供するアットホームな家族経営の醸造所を立ち上げる決心をします。
私が彼らのブリューパブを訪れた時に感じたのは、すみずみまで行き届いた雰囲気、そして考え抜かれた流れるようなオペレーションがあり、まるでそこで何年も経営されている老舗のような安心感。そこで、腰を下ろして飲んだビールは、アメリカンとドイツのスタイルをベースにしていて、品質・味ともに素晴らしい水準のものでした。そして、ダグがディレクションする食事は、どのビールとも相性が非常によく、彼の洗練されたセンスを感じさせます。とてもいい経験になりました。ありがとう!
Case3: Baerlic Brewing
ベンとリクは、元々ポートランドに住む友達同士で、一緒にホームブリューをしていた時代から、国内のアマチュアのコンペで数々の賞を受賞してきました。そんな二人は2014年に自分たちの小さな醸造所を立ち上げることを決めました。それがBaerlic Brewingです。
私たちが、現地のホップ商社であるインディーホップス社 (Indie Hops)でホップのテイスティングを行った日、スタッフさんイチオシのBaerlicに案内されて、伺いました。
(参考までに:このインディーホップス社は、ベンとリクのような友人同士であるロジャーとジムによって設立された小さな会社で、オレゴン州立大学とともにホップの栽培と研究プログラムに取り組む会社です。そして、地元オレゴンの農家と契約を結び、独自のホップを栽培する傍ら、オレゴン初の小規模なペレット加工施設を創り、ホップのペレット加工などに大手企業に依存せず、農家が直接、醸造所と取引できるように、新たなホップビジネスの在り方を提唱、構築してきました。そんなバイタリティ溢れるロジャーとジムは、とても気持ちのいい性格で、とても付き合いやすいナイスガイでした。)
Baerlic Brewingでは、ビールはもちろんのこと、美味しいピザも楽しみました。ピザはたった2切れで満腹になるほどのサイズで(これぞアメリカ!)、大満足。さて、ビールはというと、これも、高品質で素晴らしいものでした。スタイルはチェコ、ベルギー、ドイツ、アメリカと多種多様なビールが揃っていて、どれも抜かりない良い仕事を感じさせました。
彼らの最初のタップルームは、少々控えめなサイズで運営をスタートしたそうですが、評判が評判を呼び、人気を博した4年後の2018年には2つ目をオープンさせました。その2つ目のタップルームは、「The Barley Pod」と呼ばれ、彼らはビールの販売に専念し、食事はそれを取り囲むように呼びこまれた7台のフードトラックが提供するという、非常に興味深い形で運営しています。
コロナが猛威を振るっていた時期に、一つ目のタップルームの隣の物件が売りに出たため、そこを取得し、新しいタップルームに改装しました。そこでも、彼らはビールの販売に集中する、というアイデアに沿って、外部の飲食業「Ranch Pizza」と提携し、Baerlicがビール、Ranchが食事を提供するという形で運営を始めました。自分たちが得意なことに集中するという考え方からブレない、ところに彼らの冷静沈着で一意専心な理念を感じました。ありがとう!
最後に
このシアトルとポートランドの醸造所訪問は、ホップの生産者の元で200以上のロットと40種類以上の品種をサンプリングするというクレイジーなスケジュールの中で行いました。鼻があらゆるホップのアロマでややグロッキーな状態でしたが、街の醸造所やタップルームに飛び込むと、”IPA以外の”落ち着いたスタイル、それもとても質が高く美味しいビールを幅広く楽しむことができる環境にとても羨ましいような気持ちになりました。さらに、どちらの街でも、たかだか数百キロしか離れていない場所で育った新鮮なフレッシュホップをどっさり使ったホッピーなビールがあらゆる場所で提供されていて、この点においても収穫から数カ月後にしかホップを手に出来ない日本と比べると、とても羨ましいと感ぜずにはいられませんでした。フレッシュホップのビールを注文するときのワクワクする気持ちを今でも印象深く憶えています。
12年以上前に同じ2つの都市(シアトル・ポートランド)を訪れた時、人々のビールを求めるとてつもない需要を満たすために、多くの醸造所がフル稼働でビールを醸造しようと奮闘しているように見えました。
統計では、2012年のアメリカ全体の醸造所・ブルーパブの数は、2012年の2670カ所。そこから、2023年時点には9906カ所まで増加。
コロナの影響で多くの醸造所が閉鎖したことについては先に述べましたが、アメリカ全体で見ると醸造所の数は1万の大台に届こうとするほど、まだ増加傾向にあります。ただ、醸造所が乱立する今では市場が飽和状態にあり、成長が保証される時代は終わりを迎えつつあります。
「成功」するために最も重要なこと。それは、「成功」とは何かを冷静に考えることであり、特に変化という嵐が吹き荒れる時には、改めて「どうなりたいのか」という根本的な問いに向かい合うことが大切でしょう。「大規模な醸造所を持つこと」が必ずしも成功を意味するわけではないという考えに至り、自身の考える新たな成功像に向き合う醸造所が、これからの時代でも生き残っていくのかもしれません。
新規参入者にとっては、この考え方に適応するは比較的容易かもしれませんが、既に大きな規模で運営している醸造所にとっては、この方向転換は非常に難しい挑戦となるでしょう。
KBCが京都でビールを造り始めた2015年当時、国内には250の醸造所やブリューパブがありました。2023年には、その数が803に増加しましたが、日本の市場が飽和状態になるのはまだまだ先の話だと思います。そうしたことから、今のような醸造所同士のつながりを大切にした連帯がこれからも続いていくことを、私は願ってやみません。