アメリカのクラフトビールシーンで今起こっていること - パート1

前回、私たちは直接アメリカのホップの産地に出向き、吟味・選定を行ったことについてリアルタイムで共有しました。
(KBC2.0を取り上げた一連の記事:KBC2.0におけるビール造りのフィロソフィー 第2部 「南へ」第3部 「次は東へ」

 

良質な原料を自分たちで確保することが主な目的ではあるのですが、やはり自ら生産者の元へ赴き、彼らが作ったホップの説明を聞きながら、実際に目や鼻を使って体験することが、この渡米のもうひとつの目的でした。そして、もうひとつ。クラフトビールのメッカであるアメリカで今、何が起きているのかを知ること、です。
 

今回は、私、ベンが東海岸、ニューイングランドで見たこと、聞いたこと、感じたことを紹介します。そして、後日ポールは西海岸(シアトル・ポートランド)の現状をレポートする予定です。ぜひご一読ください!

アメリカはビールを発明した国ではありませんが、現代のクラフトビールムーブメントを生んだ国として知られ、それが世界規模で波及し、クラフトビールという大きなトレンドを巻き起こしました。もちろんここ日本でも。これまでのビールのイメージを一蹴するようなウェストコーストIPAの衝撃的な登場を皮切りに、フルーツサワーやヘイジーIPAなど、それぞれの時期は違えど、アメリカ発の大きな波は、日本を含む世界中のビールファンを飲み込むように魅了していきました。

 

日本とアメリカでは、ビールを取り巻く歴史や文化、好まれるスタイル、そしてクラフトビール業界の実情や抱える課題など、異なる点は数々ありますが、ムーブメントの先を走っているアメリカで今起こっていることは、将来私たちにも起こりうることと考えることができます。ですので、この渡米をさらに実り多いものにするため、現地でのホップの選定と直接買い付けの他に、西海岸はもちろん、東海岸のニューイングランドの方まで足を延ばしました。今回は私(ベン)が東海岸、そして後日ポールが、西海岸(シアトル・ポートランド)で見聞きしたことをリポートします。

 

厳しい新世界 

アメリカのクラフトビールの競争は今、熾烈(しれつ)を極めている。少し前までは、どんな新しい醸造所でも、既存の醸造所が培ってきた”歴史”や”知識”に支えられて、飛躍的な成長を遂げることができたが、いまやそんな時代は過ぎ去ったように感じます。

「今醸造所始めていたら、このようなことはできなかっただろう」

と、マサチューセッツ州にあるTrillium BrewingのCEO兼創業者であるJCは言います。

彼らのタップルームは、街の中心からはけっこう離れた場所にあるのですが、月曜日の昼時でもたくさんの人で賑わっている様子を見ると、彼らがこれまでやってきたことが正しかった、そして今も継続してうまくやっているということがよくわかります。 しかし、そんな成功を手にした彼らでも、2013年に醸造をスタートした時と今では、市場がまったく異なっていることを認めざるをえないそうだ。

 

業界の現状を見れば、今が危機的な状況だと考えたくなるかもしれない。数年前、それまで高い評価を得ていたいくつかの醸造所経営に十分な生産量に達しなかったために、閉鎖を余儀なくされることがあり、このことは業界に大きな衝撃を与えました。

 

アメリカ国内のクラフトビールの成長はほぼ伸び止まり、それどころか昨年比で1%ほどの下降が見られる現実があるが、一方でアルコール飲料全体の中でのクラフトビールの人気は依然圧倒的で、25%近くの支持層が存在します。元々クラフトビールは、高額な原料を大量に使用してつくられますが、醸造所が小規模であればあるほど、製造にかかるコストが高いという性質を持っています。 

 

また、醸造に使用する原材料が軒並み値上がりしていることなどを踏まえると、いまだにアメリカの市場でクラフトビールがこれほど大きな割合を維持できているのは驚異的だと言えるかもしれません。しかし、かつてビールは「大衆の飲み物」と思われてきましたが、こうした要因が影響し、いまや価格の高い贅沢品になりつつあるクラフトビールが今後、これまでのような強気な成長曲線を見せられるかは怪しいところだと感じます。

 

現在アメリカに存在する醸造所の数は、昨年の時点でほぼ10,000箇所あり、その供給能力は、市場の25%分をはるかに超える。実際、醸造所の数は10年前の3倍以上に増えているが、生産量の増加は2倍にも満たない。10年前、新しく開業する醸造所は閉鎖する醸造所の10倍あったが、現在はほぼ1対1といったところ。そうした熾烈な現実を知りながらも、今回の旅で最も目を見張ったのは、さまざまな醸造所がこうした新しい局面にどのように適応してきたかということでした。

 

”新たな挑戦”で生き残り、成功する 

さて、ここではその一例を紹介します。アメリカ東海岸はクラフトビールで最も人気のあるとされるヘイジーIPA発祥の地としてよく知られています。先にも登場したTrillium Brewingは、farmhouse breweryとしてスタートしたが、ヘイジーIPAの人気とともに大きくなり、成功した醸造所のひとつです。私たちが訪問した日、創業者兼CEOのJCとセールス&マーケティング担当兼副社長のMike Dyerが醸造所内を案内してくれ、これまで見たこともないような大きなタップルームと、こちらもまた非常に印象的な(スピリッツ製造用の)銅製の蒸留設備を見せてくれました。彼らは多様化していくクラフトビール業界をしっかりと把握し、先手を打つことで成長を続けてきました。

 

ベルギービールの影響を受けた醸造所として1994年に設立されたメイン州にあるAllagash Brewingを訪れた時にも、よく似た印象を受けました。この醸造所でまず驚いたことは、彼らの生産量。年間1000万リットル以上を生産していて、その量はどのくらいかというと、私たちの年間生産量の30倍でも遠く及ばない。そして、その立地はとても魅力的で、 私たちは滞在中、彼らのビールのバランスと種類の豊富さに感動すると同時に、そこで働く人々がとても幸せそうだったのが印象的でした。彼らは私たちがどこの醸造所から訪れているかは知らないと思いますが、その一人一人からVIPのようにとても温かい歓迎を受けたような気持ちになりました。

 

マーケティング・ディレクターのジェフは、ここ数年の苦難にもかかわらず明るく話を続けます。樽熟成ビールや大瓶ビールは、もはや以前のようには売れないという市場の変化を受け、他の多くの醸造所と同様に、彼らも新しい挑戦をする必要があったという。

 

そこで私たちは遠慮することなく、ヘイジーIPAだけでなく、これまでとは異なるIPAやラガーの製造に手を広げるという決断について質問しました。これは彼らにとって明らかに大きな選択であり、それを聞いて嬉しくないファンがいたことには違いないが、これはもちろん自暴自棄に陥ったわけではなく、むしろブリュワー達にとってはいい学習の機会であったとジェフは強調していました。クラフトビール業界からは「これまでのAllagashと違う」と見られるかもしれないが、これまでもたくさんのスタイルを造ってきた彼らにとって、常に新しいスタイルに挑戦するということはこれまでと変わらないことだと話しました。市場で起こる変化に常に目を配り、その結果を受けて自らが変わることは生き残るものとしては必然なことなのかもしれません。そして、彼らはそれらを”受け入れるべきもの”として成長のきっかけにしてきました。現在、業界内の競争はかつてないほど激しくなっているが、30年を経てきたブルワリーが持つ変化する姿勢や新たな挑戦を厭わない気概はこうした時代に一層輝きをみせるように思います。

 

自らの信念を貫く 

もちろん”変化を伴う成長”だけが市場の変化に耐えて生き抜く戦略ではありません。今回のアメリカ訪問で、パブを兼ね備えたローカルな醸造所が増えていることに気が付きました。多くのクラフトビールファンは、ビール(特にホッピーなもの)は新鮮さが大切であり、そのためには極力人の手を経ていない、また製造地に近いほど、より良いものに出会える可能性が高いことに気づいているのでしょう。

 

Hill Farmstead Breweryも、そんなローカル醸造所のひとつ。人気のある現代的なIPA(興味深いことに、彼らはこれを「ヘイジー」と呼ぶことを拒み、「ヘイジー」はあくまでも副産物であり目的ではないと話していました)の先駆者の1人である彼らは、携帯電話の電波も届かない、美しいバーモント州の丘陵地帯にある人里離れた場所に醸造所を開き、遠路はるばる訪れる熱心なファンを魅了し続けています。決して小さくはなく、「ブリューパブ」でもないこの醸造所は、自分たちの信念と哲学には絶対の自信を持ってビール造りを行っている。例えば、ビールが美味しいうちに提供できていないバーや、忠実なファンから提供技術がなってないとの報告を受けた場合は、すぐにビールの出荷を停止するほどの徹底ぶりである。

 

彼らに成長計画について尋ねると、市場を追いかけて醸造所を大きくすることがゴールではないとはっきりとした答えでした。「現在ここまで事業を成長させられたのは、当初の計画以上で、それは苦労して獲得した大きな希望に地道に応える形で到達したもの。間違っても成長させることに夢中になるがあまり、醸造所に足を運んでくれる人たちを失望させるようになってはいけない。」 と続ける。

 

では、市場に大きな変化があり、なんらかの影響を及ぶようなことがあればどうするのかと続けて尋ねました。

 

まず、彼らは無理することなく自然に事業を拡大してきたため、急成長を念頭に置きながらも好不況に容易に左右されてしまう醸造所とは、話が異なる。それでも影響が出てきた時は、スピードを落とし、必要に応じて広げたものを整理し、そうした中でも自分たちが自分たちらしくいられるということが何よりも大切なことだと答えてくれた。

 

私たちが訪れた初秋の晴れた日、全てのテーブルが埋まり、持ち帰り用の小売店・バーにも行列ができるのは、これまでの彼らのスタンスや考え方に多くの人が共感している結果であることは疑いようがありませんでした。

 

今回のアメリカ東部ツアーでは、私たちの長年の友人であるOxbowのティム・アダムスも尋ねました。彼らの造る木樽で熟成されたサワービールが大変好評で、そのクオリティーの高さはしばらく前から日本でも轟いています。私たちは、早くからfarmhouse(農家風)ビールの旗手として業界内で存在感を示す彼らが、どのように業界の変化を受け入れ、成長してきたかに興味がありました。 

 

彼らが挑戦してきたことのひとつに、早いうちからラガーをレパートリーに加えたことが挙げられます。今でこそよく造られるスタイルである「イタリアン・ピルス」をアメリカで最初に造った醸造所で、このスタイル名も彼らが作ったものであることは誇るべきことです。これは彼らにとって出発というよりも、むしろ進化であったと言えるでしょう。 

 

ある時、これからの生産能力向上のために、設備の規模拡大を検討するかという選択に迫られた局面で、ティムは今そのようなことをしている醸造所は”運に任せているだけ”だと感じた。彼の考えでは、今ある規模の中で可能な限りのできることを引き出し、厳しい目で今後数年間のさらなる展開を見極める時なのだというものでした。

  

しかし、IPAの流行りに飛び乗ることは彼がやりたいことではなく、あくまでもOxbowが作るビールを貫くことを念頭におきました。早くも人々の意識は東海岸スタイルに飽き、西海岸のIPAに再び戻り始めていることが示すように、流行りはいつだって無常なもの。数年前、長野で開催されたSnow Monkey Beer Liveで初めてOxbowのセゾンを飲んだときは衝撃を受けました。 クラフトビール業界においてもラガーが今、かつてないほど人気を得ているように、ティムはこのような素朴で美味しいFarmhouseスタイルのビールが再び脚光を浴びる日が近いと信じています。

多様性を許容する成熟した世界

今回の旅から得たことのひとつは、

「すべての卵を同じバスケットに入れるなと昔から言われているように、単に最新の流行を追いかけるのは危険な戦略である」ということ。さらに、「流行りがもてはやされる状況というのは、マーケットが成熟を迎える前の状態だ」ということ。そして、かつて人気を博したスタイルが一度衰えたのちに、再評価されもう一度マーケットに戻ってくるとき、それは同じものではなく、さらに普遍的で絶妙なバランスをともなったものに進化していることが多い。

 

結局のところ、私たちは毎晩同じスタイルのビールを一晩中飲み続けたいとは思わないのだから、ひとつのスタイルがいつまでも王者である必要はない。本当に誰もが求めるような”流行のスタイル”を先読みして造らなければならないのだろうか。

 

食事の中でも楽しむビアスタイルが、最初は爽やかなものからジューシーなものへと移り、次第にシャープなものや苦味のあるもの、そして最後に甘くて麦芽感のしっかりしたものへとシフトしていくように、過熱した市場が落ち着いて成熟していくにつれて、皆がこぞって同じようなものを造るのではなく、これまで愛されていたすべてのビールがバランスよく並ぶ多様性をもった光景を私たちは見たいと感じました。