KBC2.0におけるビール造りのフィロソフィー - 第3部 「次は東へ」

フィロソフィーの変化について取り上げた第1部では、ビールプログラムの半分を刷新し、KBC2.0と称した小さなシリーズビールを簡単に作成できるようにした理由について説明しました。これにより、醸造にまつわるあらゆる実験が可能になり、現在の京都醸造(以下KBC)で進行中の変化を見聞きするだけでなく、飲んでも実感してもらえる体制を整えました。

そして、第2部では、最近思い入れの深いNZホップを取り上げ、直接買い付けという手段でホップを獲得し、今後ますますそうしたフレッシュなフレーバーを持つ魅力的なビールが登場することについてお話ししました。

3回目となる今回は、今まさにアメリカに来ており、これを書いている私ポールが肌で実感、体験していることと、なぜ私たちがはるばるここに来る必要があったのかを説明します。

ー すべての始まり ー

アメリカのホップはKBCが今まで造ってきた多くのビールの風味や香りに大きく貢献してきました。これはアメリカンスタイルのビールだけでなく、ベルギー酵母を使用したビール、例えば毬一族シリーズのベルジャンIPAなどにも当てはまります。

クラフトビールムーブメントに関連するアメリカのホップの多くは、明るいシトラス(柑橘)のキャラクターを持っていますが、もちろんそれが全てではありません。ホップのキャラクターは非常に多種多様で、シトラスに加えて、強い松(松脂)のような香りや花を思わせるフローラルなもの、ストーンフルーツやトロピカルな香りを感じさせる味わいを持つものもあります。

創業してしばらくの間、私たち醸造所が会社として生き残ることに重きをおいていたとき、ホップを輸入するためにいくつかの商社に協力してもらいました。その商社の多くは、世界中の様々な地域の多くの生産者からたくさんのホップを確保することに焦点を当てていました。が、一方で他の商社は、特定の地域に集中する農家グループを代表する組合と協力してホップの獲得を行っていました。

その当時、私たちはすぐにひとつのことに気づきました。それは、同じ名前を持つホップでも、育てられた場所によってキャラクターが大きく異なることです。例えば、ワシントン州で育ったカスケードとアイダホ州で育ったカスケードでは、風味や特長にけっこうな違いがあるのです。ホップの味や香りに影響を与える要因は、複数存在します。気候や土壌の状態、農場が持つ技術など。しかし、ホップを輸入する業者が限られていたため、その時点では、味や香りの一貫性を少しでも確保するために、協力する生産者の数を減らすのが最も簡単な解決策でした。

ー 新しい場所で気づいた身近な問題 ー

2024年3月、私はニュージーランドにあるホップ生産農場にいました。そこで同じ農場内にある4つの異なるエリアで育った単一ホップを見せてもらい、テイスティングを行いました。うち2つは比較的似た個性を持っていましたが、残りの2つは全くといっていいほど異なっていました。もし同じ農場のロットでこれだけの差があるなら、農場ごとにホップを比較した場合、どれだけ異なるものになるのでしょうか?

さらに重要なのは、その4つのホップ全てが日本で購入できるものよりも、遥かに強いインパクトを持っていたことです。それにより、KBCが今後、よりインパクトのあるビールで厳密に求めている味覚(例えば、トロピカルではなくストーンフルーツの香りといった違い)を示したいと考えるなら、やはり自分たち自身でホップを選ぶ必要があることに気づくこととなり、私たちと一緒に日本から同行したグループ全員に共通するものでした。

ニュージーランドホップを購入した後すぐに、次の収穫期が訪れるアメリカへの視察を計画しました。

ー ヤキマへの旅 ー

ホップの栽培地域として知られるヤキマは、シアトルから南東へ車で約2.5時間ほどいったところにあります。

海沿いの都市を離れていくと、まずはモミの木が茂る山岳地帯に入り、さらにその先には砂漠のような丘陵地帯が広がっています。

日照時間が長く、雨が少ないこの地域ならではの景色が広がっていますが、その先に灌漑された緑の畑が見えてきます。多くはこうした環境に適したりんごやぶどう畑ですが、その中に広大なホップ畑が点在しています。

この渓谷には、3つの地域に分かれ、多くのホップ農家が集まっており、4,5世代にわたって続いているところも少なくありません。ヤキマのホップ農家は、アメリカ国内で栽培されるホップ全体の約75%を生産しており、世界全体の約50%を占めています。そのうちの約3分の2が世界中に輸出されています。言い換えれば、ホップはヤキマにとって不可欠な存在であると同時に、ヤキマはクラフトビールにとって不可欠な場所といえるでしょう。

今回が私たちにとって初めてのヤキマ訪問だったため、現地のさまざまな農場などを訪問することにしました。

  • 3つの家族経営農場
    • ヤキマにある3つ家族経営の農場では、すでに名のある品種を育てるだけでなく、品種改良を行い新種のホップ開発も行い、農協や取引業者に販売している。一部は私たちのように醸造所へ直接販売し始めています。
  • 1つの取引会社
    • 渓谷内のほとんどすべての農家と協力し、顧客リストを拡大し続ける中立的なビジネス組織。

  • 4つの協同組合
    • 小規模から大規模まで、農家にホップを栽培をさせ、消費者にホップを届けるための物流を管理する団体。

4日間で、37種類のアメリカンホップと200以上のロットをテイスティングしました。さすがに疲れましたが、多くのことを学ぶ機会になりました。

ー 何を意味するのか? ー

来年2月から3月にかけて、私たちがこうして選んだホップがようやく日本に到着します。

これまでに使用していたホップは、スタイルに忠実でありながらも、より鮮やかで草っぽさの少ないものを選ぶ傾向にありました。初めて採用するホップについては、トロピカルな香り「以外の」特徴をお客様に提供したいという思いで選んできました。

しかし、最近では、時代や嗜好の変化があり、多くの消費者や醸造所がトロピカルな特性をホップに求めるようになりました。私たちもこのホップを巡る旅の中で、その傾向に沿った品種をいくつか選びましたが、それに加えて、他の地域のものでは得られないようなシトラスや松のようなキャラクターを持つ品種も取り入れました。日本ではまだあまり馴染みのない、言葉での説明が難しいですが、ディープでダンクな香りを持つ品種も選びましたが、これも多くの方に気に入ってもらえると自信があります。

どんな品種であっても、新しいホップを使ったビールを造るのが待ち遠しいですし、なによりもそれを皆さまにお届けできるのが楽しみです。

ぜひ続報をお待ちください。