”新たな探究の旅へ”という次章
この数週間の間に、2つのブログ記事にて国内のクラフトビール業界への私たちの見解とその先に対して私たちが打ち出す方法についての投稿をしました。
(前回ブログ:第一回「国内のクラフトビール業界が抱えるジレンマ」、
第二回「クラフトビールが生き残るためのひとつの風穴」)
前回までの振り返りにもなりますが、クラフトビールが一部の愛好家だけにもてはやされている存在であることや取り扱う場所が限定的である状況を超えて、より幅広い層に手にしてもらうことが私たちは重要であると考えると同時に、そしてそれが大量生産された「クラフト」に限定されないことが併せて重要であるという意見を共有しました。 中小規模の醸造所が造るクラフトビールが大きな市場に挑戦するには、まず低価格帯で大量生産された製品と並んで店頭に並ぶ必要があります。それが叶わない限り、「クラフト」という名前は大企業によって支配的に消費され、一般的な消費者は、比較的高い価格帯で販売される小規模で作られたクラフトビールの価値を理解したり、ましてやその存在を知る機会すらなくなってしまうでしょう。
もちろん、価格という要素は、クラフトビールがより広い顧客層を獲得するための課題の 1 つです。そして、醸造所から出荷され陳列棚に到達するまでの一貫した冷蔵管理の必要性も同時に挙げられます。 つまり、「価格が高い(売りにくい)し、取り扱いにくい」と売り手に敬遠されてしまう2大要素です。関東圏では、クラフトビールの価値を認めて、冷蔵保管が必要な無濾過のビールを取り扱うスーパーや、特殊な品揃えを強みとするコンビニも増えてきていますが、それはまだ少数派です。私たちの醸造所がある京都の市場はというと、そういった都市圏に比べて一層保守的といえるでしょう。
京都醸造は当初樽商品のみの販売からスタートしましたが、現在のようにボトルや缶商品の拡充・拡大を試みる最中に、この大きく立ちはだかる障壁に面することになりました。樽のみだった初年度、地元京都での販売売上は全体の10% 未満でしたが、3 ・ 4 年後にはその割合が約40%に達しました。コロナ禍以降、新たに缶商品の事業を本格的に開始し、これまでと同じように軸足を地元京都に据え全国へ拡大する計画でした。ところが、先述した理由などもあり地元の缶商品市場への参入は繰り返し挫かれてしまい、その割合を大幅に減少させている現状があります。
広く流通させるという大義名分のために、これまで大切にしてきた品質至上主義を手放し、容易な方法を取ることが正しい判断とは思わない私たちは、容器内で二次発酵させることがいくつかの課題を打ち破る私たちなりの解決策であると判断しました。前回伝えたように、この手法によって腐敗の主な原因となるビール内の溶存酸素量が減少し、長期保管に耐える状態にすることができます。
ーなぜこの方法が広く用いられる一般的な手法でないのか?
それは、この容器内二次発酵にも、いくつかのデメリット・弱点があるからかもしれません。
まず、製造期間が長くなる、ということ。通常のビールの製造工程では発酵・熟成が終わって、容器へ移して完成ですが、二次発酵の場合はそこから約2,3週間長く製造期間を要します。それはつまり、製造コストが高くなることと同じです。
さらに、ビールの中の酵母は働きを終えると澱(おり)となって底に沈む傾向があり、その理由をよく知らない人の中には、ビールと一緒に出てくる澱をあまりよく思わない人もいるでしょう。また、酵母による自然発泡のため、炭酸が強くなりすぎるリスクもあるということは言わなければなりませんが、さらにビールに何らかの菌による汚染があった場合、このリスクは急激に悪化する可能性すらあります。つまり、この手法を取る場合は、精度の高いQA/QC(品質保証・管理)プログラムもセットで行うことが不可欠。つまり、さらに設備やリソースへの投資を要求する、ということです。
最後に、この手法は伝統的なベルギーのスタイルにはうまく働く傾向がありますが、たとえばホップを多く使ったビールにも機能するかどうかについては、まだはっきりしない部分があります。
これまでも挙げてきたとおり、容器内二次発酵のプラスの面としては、賞味期限の長期化と常温での保管が可能になるなど物流および管理上の利点に加えて、二次発酵で時間の経過とともに風味が変化するという点においても利点があるといえます。この手法が適したスタイルでは、熟成度合いによって味わいがさらに向上することがわかっており、ベルギーの伝統的に製造されているビールが好例です。ベルギー酵母をハウス酵母とし、ベルギースタイルに大きく影響を受けたビール造りをしている醸造所には、このひとつの決定で 2 つの非常に前向きな結果を手にできるように感じます。
ー京都醸造が造るすべてのビールが容器内二次発酵を施したものになるの?
答えは「いいえ」です。
先に述べたように、ホッピーなビールにこの手法がうまく働くかはわかりません。とくに、常温保管に耐えるかどうかは自信がありません。ベルギー酵母を使用している「一意専心」や「毬一族」シリーズなどでも、ホップを多く使っていることから常温下ではホップの味わいの劣化が起こってしまうでしょう。そのことから、京都醸造が造るビールの中でも伝統的なスタイルに限定し、今後容器内二次発酵を施した商品を一つずつ増やしていく計画です。
もう少し踏み込んで、では、具体的にどういったビールを計画しているのか、というところまで話を進めたいとおもいます。ご存じの通り、現在すでに「古道をゆく」という本格的なシャンパンボトル内(および樽内)で二次発酵を施したセゾンシリーズに取り組んでいます。この伝統的なセゾンの製造方法を踏襲して造られるセゾンには数年の賞味期限を設け、発酵・熟成が進めば進むほどに味わいが深まり美味しく変化すると信じ、流通方法はあまり考えずに造ってきました。同シリーズの次回作では、ごく少量ですが、この一連のトピックに関連した缶バージョンもボトルや樽とともにリリースする予定です。
その次に考えているのは、帰還シリーズです。ベルギービールに影響を受けて始まった京都醸造のルーツに立ち返り、伝統的なベルギースタイルに現代のひねりを加えた人気シリーズです。昨年の2月に樽限定でリリースしたベルジャンシングル「門外不出」ですが、今年は缶・樽ともに容器内二次発酵を施したバージョンがこの夏リリースされます。
これらに加え、3つの京都限定商品のリリースを予定していて、その第3弾は今年9月前後にお披露目することになるでしょう。
この容器内二次発酵ビールのプロジェクトを進めていった暁に、常温あるいはセラー室ほどの温度で管理できる製品を提供できるようになるだろうと考えていますが、もちろん実験的な要素も含むため、これらのビールもしばらくは要冷蔵商品としてリリースするつもりです。賞味期限に関しても、試験や検査を重ねた後、そう遠くない将来に延長する判断ができたらと考えています。
私たちはこの新たな挑戦が、国内中小規模の醸造所が思い描く、手塩にかけて造り上げた自慢のビールを幅広い人たちに受け入れてもらい、楽しまれるクラフトビール新時代の幕開けになるような予感がして、抑えきれないような興奮を感じています。あわよくば、開いた風穴から後に続くクラフトビール醸造所が業界の成長を引っ張り、本格的な「クラフト」の取り扱い店舗の拡大、そして売り手の冷蔵が必要なビールへの理解・導入という大きな潮流へとつながるきっかけになることを願っています。
この一連のブログ投稿で皆さんに伝えたかったことがもう1つあり、いよいよ次回で完結にしたいと考えております。そこでは、このプロジェクトを実現するために導入する新設備について説明します。これから始まる長い旅の準備完了一歩手前。引き続き、お付き合いください!