国内のクラフトビール業界が抱えるジレンマ

私たち京都醸造がビール造りを始めた2015年頃、世界中のクラフトビール業界はこぞって右肩上がりで、この先も明るい展望しか待っていないような雰囲気に包まれていました。アメリカ国内で生産されるビールの総量の20%がクラフトビールが占めるようになり、欧州やアジア諸国でも同様にその認知度と支持層を広めていきました。

日本国内に焦点を当てると、まだ玉石混交だった90年代初頭の「地ビール」ブームが過ぎ去って以降しばらく低調になっていた業界でしたが、彗星のごとく登場したいくつかの新しい醸造所がこれまでのイメージを一掃しました。それは、ちょうどその時代にあったビール製造免許の条件緩和が大きく影響し、1999年を迎えるまでにしっかりとした品質をもったビールを造る300を超える醸造所が国内にひしめき合う結果を呼びました。それは、当時遠く離れたアメリカで起こっていた大量生産によって造られた退屈で味気ないビールではなく、多様性と熱意と技術を惜しみなく投入し丁寧に造られたビールを選択するクラフトビール革命とも呼べる大きなムーブメントが時を同じくして日本国内にも飛び火したように見えます。

アメリカのクラフトビール業界は、同業者同士の過当な競争を好まず、その代わりに美味しいビールを追求する仲間の存在を喜び合い、助け合う雰囲気を醸成し、希望で満ち溢れていました。ビールの品質はもちろん、業界に脈々と流れる思想や在り方に支持する層は日に日に拡大し、その成長は永遠に続くものとさえ思わせるほどでした。やがて、成長スピードは鈍化していくのですが、それでも日常的に人々がスーパーマーケットや酒屋、レストランなんかでクラフトビールを目にし、気軽に手に取ることができるように社会が大きく変わりました。さすがに不毛な荒野の真ん中にはないかもしれないですが。

では、日本のクラフトビールはどうかと目を向けると、ようやく国内で消費されるビール全体の1%を超えるくらいに成長しましたが、2%未満です。「クラフトビール」という言葉は認知度が上がり、一度は聞いたことあるくらいの人も結構多いのではないでしょうか。しかし、ではクラフトビールと呼ぶ所以がまだはっきり提供されておらず、いわゆる一般的な「ビール」と何が違うのか、という問いに対する答えもイマイチ定まらず、フワッとしたままです。個性控え目で喉ごしキレが命の大手ラガーが席巻するこの市場では、やはりなかなかクラフトビールの魅力を伝えられていないのが現実でしょう。

では、国内のクラフトビールは成長しているといえるのでしょうか?ー-答えはYes!現在国内には約700の醸造所が存在し、この10年間で3倍近くにまで増えています。多くの飲食店がいわゆる大手の「生」だけでなく、趣向をこらしたクラフトビールをもうひとつのチョイスとして取りそろえ、関東エリアを中心にスーパーマーケットでも幅広い商品を取り扱うようになってきました。

結果、多くの愛飲家の間ではしっかりと認知されてきたとは実感しますが、アメリカのように隅々にまで行き渡ったとは到底言えず、それにはもう一押しの需要が不可欠でしょう。つまり、鶏が先か卵が先か、というような状況です。 一般的に卸業者や問屋は酒屋やスーパーマーケットの膨らむ希望に可能な限り応えたいと考えます。しかし、要冷蔵で種類の多いクラフトビールの要望に備えて貴重な冷蔵スペースや冷蔵車を常に確保しておくには、一定のボリュームが必要で、結果的に取り扱いを敬遠してしまうのです。そうなると、人々は自力でクラフトビールを求めて街を彷徨うことになってしまいます。本当にクラフトビール愛好家なら、手に入れるための移動は苦にならないでしょう。しかし、一般的にはそうはいかず、結局は近くで簡単に手に入る普通のビールに落ち着いてしまうのです。

「ちょっと待って!でも今じゃコンビニでもクラフトビール売ってますけど?」

クラフトビールが今抱えている課題のひとつに、アイデンティティ、つまりその在り方が挙げられます。アメリカの醸造者協会(The Brewers Association in America)はアメリカのクラフトビール醸造家をこのように定義しました。 「小規模であり、独立した醸造家であること」 そして、これを含むクラフトビール、およびクラフトビールをつくる醸造家を説明する要素項目が以下のとおり。

  • クラフトビール醸造家は小さく造る。
  • クラフトビール及びクラフトビール醸造家は「革新的」であること。歴史的なビアスタイルにユニークなひねりを加え、前例のない新たなスタイルとして息吹を吹き込むような実験的醸造を行う。
  • いつの時代も変わらない麦芽のような材料と日々新しく生み出されるホップなどを絶妙に掛け合わせ、これまでに人々が体験したことのないような味わいのビールを作り出す。
  • クラフトビール醸造家は、彼らが属するコミュニティーへの慈善活動や商品提供、ボランティア活動やイベント協賛などを通しての協力をとても積極的に行う。
  • 顧客との関係を築く方法も一般的な方法ではなく、互いの距離を大切にし個性的な手段をとる。
  • クラフトビール醸造家は大規模醸造所の関心ごと(利益至上主義)からは解放され、真のビールを追求することが認められる独立性と自身が造るビールによってその在り方を示される。

これらの要素を重ねていくと確固たるクラフトビール像というものが浮かび上がるような気がします。しかし、こうした明確な定義を持たない日本国内においては、ビールを大量生産する大規模醸造所が率先して「クラフト」という言葉を宣伝文句に多用し、市場に溢れているのが現状です。それも特別それらしい活動もせず、もちろん躊躇することもなく。なかでも、大手メーカーのキリンビールは、独自に考える「クラフト」ブランドを押し出すのに躍起になっており、実際にクラフトビール醸造所(だった)を手中に取り込むのにも最も積極的に見えます。

先述のビールを流通させている卸や問屋にとっては、低い価格で要冷蔵でもなく、「クラフト」と銘打つ商品のほうが実際のクラフトビールよりも都合がいいのは明白で、クラフトとは何かがはっきりとしない消費者側でも、わざわざ賞味期限の短い、要冷蔵で価格の高い商品をわざわざ選ばずに、手ごろな「クラフト」に流れてしまいます。国内のクラフトビールを取り巻く今をリアルに伝えるとそういった状態といえるでしょう。

では、業界が抱えるジレンマとは。 それは、残されている道はこれら2つ、究極の決断です。

①大々的に大手によるクラフトビール業界のハイジャックされたような状態を認め、本当の意味での成長を抑えられている現状で落ち着く。

②これまで当たり前のように要求してきた条件を変え、「賞味期限を長くすること」と「常温保管ができること」を目指す。それにより、1枚2枚と取り扱いにくさというバリアが取り払われ、より多くの人の元へ商品を届けることができるようになる。

①の道では、まず本格的な味わいが守りたいだけ守れ、品質にも妥協しないまま進めるでしょう。しかし、大手メーカーの出す”クラフト”が幅を利かせる現状から、小規模醸造所はこれまで以上に市場にアクセスすることも難しくなっていくことが予想されます。 一方②では、常温保管が可能になれば、流通エリアが一層拡大し、より多くの人がKBCのビールを手にする機会も増えると考えます。結果、醸造所としての成長にもつなげることができるかもしれません。しかし、進め方によっては要冷蔵という条件によってこれまで頑として守ってきた品質第一主義が揺らいでしまう事態も危惧されます。拡大路線をとって味を落としたという話はこの業界でもよく聞くことで、これまで築いてきたKBCに対する信頼を大きく損なうリスクも潜んでいます。

そこで、私たちは、クラフトビールを造る醸造所として「どこを目指しているのか」に加え、「どこで自分たちのビールが売られて」、「どうやってそこに到達するのか」について考えをまとめ、決断しました。数週間にわたって、これらのことを皆さんにお伝えしていきたいと思っています。 長い長い話になることがもう明らかですが、どうか最後までお付き合いください。

※次回投稿は5月2日の予定