クラフトビールが生き残るためのひとつの風穴

前回は、国内のクラフトビールが直面しているジレンマ、そしてその現状に対して私たちが何をしようとしているかについての一連のブログの最初の記事を書きました。(前回記事はこちら

前回からのおさらいを兼ねて業界が直面している課題についてもう少し掘り下げたいと思います。まずは、「クラフトビール」の定義について。 このフレーズはやや主観的であると主張することができますが、やはり特に日本においては、この用語の明確な共通認識がなさすぎると感じています。 前回も述べたように、何においても明確な定義を作成することは容易ではなく、時間が経つにつれてますます難しくなっていきます。 これは、近代的なムーブメントの発端となったアメリカでは、大量生産された「クラフトっぽい」ビールがあまりなかったから、定義がしっかり隅々まで浸透したのか、というとそうではありません。アメリカでは、大規模なメーカーが実際にクラフトビール市場に参入する前にクラフトビールを取り巻くムーブメントが大きくなったため、一貫した冷蔵流通や、本当の「クラフト」には一定のコストがかかるという一般的な認識が定着し、結果としてたくさんの小規模の醸造所を含むクラフトビール市場が拡大していきました。 酵母がろ過されておらず、低温殺菌もされていない製品を造る小規模メーカーは、クラフトビールの品質を損なわないための管理方法や設備を取り扱い条件とし、条件の整ったスーパーマーケットや酒屋には、多数の小規模な地元で造られらた製品が並ぶようになりました。

先日の投稿でも挙げたアメリカのビール醸造者協会によって「クラフトビール」の称号は保護されており、缶やボトルに付ける独自のロゴを作成し、小さな独立した醸造所の製品にそのロゴの使用と認定を与え、本物のクラフトビールの価値を高めながら広く知ってもらえるようにさまざまな取り組みを続けています。 消費者には、ローカルなビールを選ぶか、世界的な超大手メーカーあるいはその傘下にある醸造所のビールであるかどうかを判断する自由があります。 それが完璧な市場だと言っているわけではありません。 それどころか、アメリカは現在、独自の危機に直面しています。つまり、業界の成長が鈍化し、多くの主要プレーヤーがつまずき始めました。それがこれからどこへ向かうのかは、クラフトビールの世界全体に波及効果をもたらすでしょう。

話を再び日本に戻すと、市場におけるクラフトビールの消費はビール全体の2%未満で立ち往生しており、その2%のために大手スーパーマーケット、酒屋チェーン、および流通業者は、ビールのための一貫した冷蔵流通を準備するような規模にも至っていません。その結果、「クラフトビール」を販売する多くの場所では、ろ過・低温殺菌され室温で保管できる製品のみを在庫するのが現状です。この条件を満たすのは、大きく見て大量生産されたビールや大手メーカーが所有するクラフトビール、または背に腹は代えられないとの思いで、ろ過/低温殺菌を選択したクラフトビールのみであると言えるでしょう。

小規模なクラフトビールメーカーは、ビールを最適な状態で管理・販売できる少数の販売店での販売に集中するか、品質と利便性の間で妥協点を見つけて、ろ過や低温殺菌のような手段で流通のための条件に自らをフィットさせ、より多くの消費者にアクセスする手段を模索するかの岐路に立たされている、もしくは近い将来選択に迫られるであろうというのが市場に対する私たちの見解であり現状です。

長い振り返りでしたが、ここからは、現状を知ったうえでの私たちの決断について、です。

では、京都醸造がこれから歩みたい道は?
1 つのオプションは、これまでやってきたことをそのまま実行することです。 私たちは、これまで品質を第一に、当時国内では珍しいベルジャン酵母を使った定番商品を主力にビール造りを行い、一定の信頼を築いてきたと確信しています。まだクラフトビールを作ることで儲かっているというにはほど遠い規模ではありますが、売上は年々上がり調子で私たちは前向きな軌道に乗っていると言えるでしょう。

しかし、それでは手放しに私たちのビールを楽しんでくれる人が増えるわけではありません。私たちはクラフトビールファンが大好きで、この業界・クラフトビールを介して得た人の輪は、ビールに恋をし、そもそも京都醸造としてクラフトビール業界に参入することを決めた理由の大きな部分を占めています。しかし、すでにクラフトビールに精通している人々に商品を提供することに焦点を当てるだけでは、市場規模を2%以上に引き上げることはできません。そのためには、クラフトビールの入手しやすさを高める必要があり、商品の流通規模をより大きくする必要があると考えます。

ビールをより入手しやすくするためには、特に短い賞味期限の商品を取り扱うことができない小売業者のニーズに対応する必要があるでしょう。ただでさえ鮮度が落ちやすいクラフトビールを常温保存が可能なものにしたり、長持ちさせたりするためには、工夫と技術をもって耐久性のある製品の開発が必要です。

こうした発想に至った時、私たちは大きなジレンマにぶち当たります。それは、私たちが大切にしている 4 つの基本的価値観の 1 つである「技能(クラフトマンシップ)」を妥協してしまう可能性が生じるということです。明らかに味を落としてまで利益・利便性を優先するというのは、そもそも京都醸造の考えにはありません。やはりこれはトレードオフ的な分かれ道なのでしょうか。

しかし、はっきりさせておきたい点が一つあります。
ろ過または低温殺菌されたビールは総じて美味しくないのかというと、私たちはそのように言っているわけではないということです。 こうした処理はラガーなどの一部のスタイルではうまく機能し、他のスタイルではうまく機能しないと信じています。言い方を変えれば、ろ過・低温殺菌が効果的なスタイルの場合、メリットすらあるとも思っています。私たちも一番搾りやサッポロクラシックなどを手に取って飲むことがありますが、やはりもう少しのお金を出してろ過も低温殺菌もされていない富士桜やKobo Brewingのラガーを楽しみたいと考えますし、 恐らく低温殺菌処理がされているベアレンクラシックは高品質でとても価値の高いビールです。ベアレンがある岩手県の地元の人は、この醸造所が造るビールを心から愛しているでしょうし、醸造所も地域コミュニティーを本当に大切にしています。つまり、何が言いたいかというと、ろ過・殺菌の処理がされているかどうかが、クラフトかそうではないという分水嶺ではないということ。良い悪いの切り詰めたトピックではなく、そうした処理も使い方が重要になってくるのだと思います。

例えば、京都醸造の製品のほとんどがろ過および低温殺菌するとなると、正直自信はありません。 私たちが愛してやまないセゾンは低温殺菌されていないし、一意専心や週休6日をろ過することで、より良い製品になるとは思いません。逆に強みである独自の味わいが損なわれ、商品としての魅力はなくなるとすら考えています。

そこで、私たちは製品の耐久性を高めながら、取り扱いやすさのニーズも満たすある方法に一筋の希望の光を感じています。それは製品を容器内で二次発酵させる技術です。二次発酵と言われてもあまり聞き慣れない方のために説明すると、発酵が済んだビールに少量の砂糖と酵母を加えて容器に入れ、適した温度に置いておくことで、(ビールにすでに含まれている酵母の一部も一緒になって)発酵を再開するのです。これを行うことで、容器内の残留酸素が酵母によって消費され、ビールを腐らせる原因のひとつである酸素が容器ないからきわめて少なくなります。

なぜこの方法だと他の方法を差し置いて、うまくいくと思うのでしょうか? 私たちの定番商品および一部の限定商品は、ベルジャン酵母を使用しています。ベルギーでは、ビールは伝統的に容器内での二次発酵(リファメンテーション)を行い、通常は室温またはセラーで保管されます。 私たちのお気に入りであるセゾン・デュポンは、このひとつの例であり、どちらかと言うと、(寒いまではいかない)涼しい温度で熟成させた方が味が良いとされます。実際、ベルギーにあるデュポンの醸造所で試した新鮮なセゾン・デュポンは、日本に輸入されたボトルよりも味わいの面で劣っていると感じ、少しがっかりした経験があります。遠い国まではるばる輸送される道中にもしっかり瓶内の発酵が進み、日本につく頃には現地で味わう以上の美味しさが付与されていたのでしょう。京都醸造のことを良く知る方は、現行のシリーズ「古道をゆく」ですでにボトルと樽の両方で二次発酵を施したセゾンビールを出していることにお気づきでしょう。瓶詰後、何カ月、いや数年に渡ってでも熟成が進み、どんどんと味わいの深化・変化を楽しめる本格的な二次熟成セゾンシリーズで、きめ細かい自然発泡が心地よい唯一無二のビールを造ってきました。

では、容器内の二次発酵製法がそんなに素晴らしいのに、なぜ誰もがそれをしないのでしょうか?

これにも多くの長所と短所があり、すべての製品にメリットを与えられるとは決して考えていません。

第二回目の投稿、ご高覧いただきましてありがとうございます。

次回、5 月 17 日予定の投稿では、この製法のメリットとデメリット、そしてこの製法を採用した製品に与える影響、そしてどのビールに適用しようと考えているか、そして実際にお目見えするスケジュールについて詳しく説明していきたいと思っています。