新シリーズ2022 「帰還 -Rediscovery-」
前回の投稿では、私たちが「目的」というのを強く意識し始めたことと昨年より商品のシリーズ化を進めたことの背景について言及しました。今回は、2022年に新しく加わる新シリーズのひとつ、「帰還(Rediscovery)」について紹介したいと思います。
京都醸造のことをしばらく前から知っている人なら聞いたことがあるかもしれませんが、醸造所を立ち上げる時に礎になった2つのビール文化があります。一つは「ベルギー」、もう一つは「アメリカ」。後者は言わずもがな、今のクラフトビール革命のきっかけになった大きな潮流で、伝統的な欧州のビール文化から早くも抜き出て、近代的な醸造技術をみるみるうちに進化させ、理論的なアプローチで品質の向上、生産工程の管理能力をを叶えただけでなく、新種のホップ開発などでその確固たる地位を築きました。アメリカは人々を惹きつけてやまないモダンなIPAを生み出しただけでなく、あまり造られなくなった過去のスタイルを復元したり、中には完全に途絶えたスタイルを再度蘇らせるような動きもあり引き続き目が離せない存在です。
もう一つの「ベルギー」のビール文化は、アメリカのものと比べていくつかの意味で対照的と言ってもいいかもしれません。何世紀にも渡る失敗と改良の歴史に裏打ちされたベルギービールは、正直にいうと、現代の技術や設備をもってしても正確に再現するのは不可能といえます。セゾンで有名なデュポン醸造所のセゾン酵母をボトルから取り出して精密な分析をかけても、どうしてあの味に行きつくのか誰もわからない。グーズ―などで有名なカンティロン醸造所の設備をそっくりそのまま別の場所に移したとしても、きっと同じビールはできないでしょう。ベルギービールにおいて麦芽や酵母などの原料だけでなく、あの「場所」というのが何よりも隠れた味の決め手なのかもしれません。また現地で作られるビールは、長い間貯蔵され、熟成が進んでいくものが多く、それはまるで悠久の時を経てゆっくりと進化するベルギーのビール文化を表しているようです。
京都醸造はこうした二つのビール文化から大きな影響を受けるだけでなく、それぞれのいいところをふんだんに取りこみ、融合させるということを創業以来、たくさんのビール醸造を通して行ってきました。また、日々進化するビールカルチャーを取り込んだり、他にはないスタイルのビールにも挑戦したりと、紆余曲折しながらも、ビール造りを通して広く技術と理解を深めてきました。その結果、創業当時の私たちとは別人といってもいいほどに変化(成長)してこれたといえるでしょう。
既存のシリーズの「毬一族」は、ベルギーとアメリカのビール文化の融合という創業以来のコンセプトを継承しています。他にも同じようなコンセプトのビールはあるのですが、最近ではより「アメリカン」的な方向へ寄っている印象でした。そうしたことから、今年は私たちのルーツでもある「ベルギー」の方向へ舵をもどし、伝統的なスタイルへの再アプローチを図ることにしました。創業当時の私たちにはなかった多くの経験とよりよい技術と深い理解を頼りに、再びベルギービールの素晴らしさを再発見するという意味も込めて、この一連のシリーズには「帰還(rediscovery)」という名前を付けました。長らく帰っていなかった故郷の地を再び踏む時、その景色はどのように見えるのだろうか。当時は幼すぎて気づかなかったことや今なら解る意味など、きっとそこには新たな発見がたくさんあるはずです。馴染み深いベルギーのビールスタイルにも再び触れ、今の私たちが持つテイストをそこに存分に活かしながら再発見していくシリーズ「帰還」。そのビールの多くはもしかすると煌びやかなものでないかもしれません。が、絶妙な味わいや個性、そしてほどよい遊び心を垣間見れるなど、まるでひとりの人の成長をビールとして味わうような奥ゆかしさを感じさせるシリーズになったらいいと思っています。