黙々人 Moku Moku Jin

7月に入り、梅雨らしい雨が続き、その合間合間に夏の気配を感じさせる天気の日も増えてきた。そうこうしていると賑やかな蝉の声が聞こえ始め、りっぱな入道雲が空にそびえ、本格的な夏がやってくる。そのように、ちょっと先のことを考えながら私たちの多くは何気なく生活をしている。 

 

しかし、振り返れば、お正月に起こった能登半島沖の地震からちょうど半年経ったことになる。被災地の現状はどうだろうか。水道が止まってしまっていた珠洲市に水は供給されているのか。家に帰れなくなった方々は、この暑さを十分にしのげる空調のきいた仮設住宅に移れたのだろうか。3月末にビールを持って能登半島を訪れ、ほんの一部ではあるが、現地の過酷な状況を見てきた私たちは、その後のことももちろん気になっている。そして、これからさらに気温が上がって、厳しい夏がくるとなれば尚更だ。 

 前回能登を訪れた時についての投稿

日に日に能登現状を伝えるニュースは減り、意識に上がる機会が少なくなってくると、きっと数々の問題は解決され、復興が進んでいるのだろうと、楽観的に都合よく解釈しがちだ。しかし、私たちには、震災以降、能登半島にこまめに足を運び、現地の方への支援などに熱心に取り組む友達がいる。富山県にあるKOBO breweryという醸造場でビールを造るコチャスさんがその人である。 

 

チェコ出身のコチャスさんは、元々能登半島にある日本海倶楽部というビール醸造場で10年近くビール製造に携わっていたが、その後富山へ移られた。この度の大地震により古巣が大きな被害を受け、ビール製造ができない状態に陥っていたが、製造再開できるようにコチャスさんは現在もいろいろと尽力されているそうだ。それだけでなく、能登各地を頻繁に周り、支援物資の提供や、食材を持ち込み炊き出しをしたりと、ありったけのエネルギーと時間を彼が恩を感じている能登の方々に提供している。彼は背が2mくらいある大男なんだが、話していると内面の優しさが滲み出るような穏やかな目をしていて、そんな彼から送られてくる現地の写真には、ニコニコ笑顔の人たちがたくさん一緒に映っていて、物資以上の喜びを能登に配り歩いているのだなぁと感じる。 

 

私たちが造った支援ビール「望み」も、実際には半分ほどの量(約3000本)をコチャスさんに委ね、彼が現地に出向く度にたくさんの方々へ配ってもらった。そんな彼には大変感謝している。ありがとう、コチャス! 

 

 

 

遡って2011年の3月11日の東日本大震災の時、初めて聞いて知った言葉がある。

 

「目は臆病、手は鬼」 

 

ぱっと目で見た時に、あぁ大変だなぁと瞬時にこれからの大変さを予測し、憂いでしまうものだが、せっせと手を動かせば案外なんてことはないものだ、というふうにこの言葉を解釈した。確かにそのとおりだと思う。 

 

あとで聞いたら三陸地方で昔から言い伝えられていることば言葉だそうだ。ということは、あの地震がなければ、知れたのはずっと後か、もしかしたら知らないままだっただろう。 

 

私たちは、今年3月に輪島や珠洲に行った時、今できることを黙々と確実に実行している若者たちに出会った。テレビや新聞では、能登半島の復興は大変大変だと囁かれる。現地の大変さを広く知ってもらうのは大事なことだが、同時にこうした若者たちやコチャスさんのように全身全霊を傾け、地道な活動をコツコツと行っている人達の存在は尊い。 

 

そんなコチャスさんとは以前から知り合いではあったが、仲を深めたのは、やはり今年1月1日の地震があってから。たくさんやり取りをする中で、「今度一緒にビールをつくろう」と言い出したのはどちらからか、はっきりしないくらい自然に決まった。コチャスさんに加え、京都醸造が2015年にビール造りを始める時にいろいろ助けてくれたもう一人の友達、カナダのGodspeedという醸造場のルークさんにも声をかけ、3社合同でコラボレーションビールを造ることになった。

 

コチャスさんもルークさんもクラシックなビールスタイルの名手として知られているので、やはりクラシックなものを造ろうかという話が上がり、紆余曲折したのちに、ポーランドに伝わる知る人ぞ知る古典小麦ビール、グロジスキーを造ることに決めた。100%小麦麦芽を使うことと、一部スモーキーな燻製麦芽を使うというのがこのビールの特徴。柔らかな小麦のニュアンスに、食欲を掻き立てるような燻製の香りがほのかにする、4%のドリンカブルなビールに仕上がる予定で、5月某日、皆が京都に集結し、ビール造りをおこなった。 

 

このコラボのために、富山にある燻製工房で小麦麦芽の燻製を行い、それをコチャスさんが持ち込んでくれた。それによって、醸造所内が燻製香で満たされ、1日中どれほどいい香りがしていたか。今思い出しても、それは本当に特別だった。しかし、一度作業が始まると、皆が真剣にせっせと作業にあたっているという私たちの日常的な醸造風景から大きく変わらず、普段以上にたくさん人がいるにもかかわらず静かで高い集中力を保ちながら作業をしているのが伝わってきた。コチャスさんもルークさんも真剣だ。後で聞くと、それほど小麦100%のこのビールは難しく、少しの手の狂いが大きく味わいに出てしまうとのこと。そんな真剣な3人が造り上げた燻製小麦ビール、グロジスキーだが、言葉少なに黙々と真剣に作業する3人とスモーキーのモクモクっとした印象をかけて、「黙々人 - もくもくじん」と名付けた。 

 

前回、能登を訪れた時のことを書いたブログ記事でも紹介さた石川県災害ボランティア協会の木下千鶴さんとはその後も連絡を取り続けている。この方も被災地のケア、ボランティアのお世話、支援物資の管理などを震災後、休む間もなく精力的に務められている。ぱっと場が明るくなるようなご本人の性格でその大変さを周りには感じさせないが、本当に有言実行の鬼、正真正銘の黙々人だ(木下さん、鬼なんて言ってごめんなさい!)。 

 

3月にお会いした時は、「炊き出しといっても1種類をドンと提供するのもいいが、食べたいものを選ぶ小さな喜びを大切にしたい」ということもおっしゃっていて、細やかに気持ちを大切にする温かいサポートをされているのだと感じたのを憶えている。この5月には、二次避難者の方の一時帰還事業、6月からは仮設住宅生活の支援、仮設住宅入居者さんの送迎支援、県内外の大学生の活動支援といった内容で活動されているとのこと。7/7の七夕の日には、金沢大学の学生さんと仮設住宅を回られるようで、訪れた先の方々はたいそうお喜びになられることだろう。 

KOBOのコチャスさん、石川県災害ボランティア協会の木下さん、そして今回は紹介はできなかったけど、珠洲のさだまるビレッジの竹下さん、とりとんの兼盛(秋房)さん、輪島で活動していた飲食店・料理人のみなさん 

私たち、京都醸造は、距離は少し離れているかもしれないが、そんな地域の希望となる人たちの力の一部になれたらと思う。 

 

※黙々人の利益分は、能登半島沖地震の被害者支援・復興支援を行う石川県災害ボランティア協会へ、同額の物資購入という形で寄付されます。(詳細はブログで報告します) 

 

・珠洲市さだまるビレッジ 竹下さん   
  https://www.facebook.com/profile.php?id=100079687809279 

・石川県災害ボランティア協会  木下さん 
   https://www.facebook.com/ishikawa.saibora117  

・珠洲 とりとん 
  https://torito-n.1web.jp/greetings.html#contents 

・珠洲 イタリアン・カフェ こだま 
  https://pizza-kodama.webu.jp/ 

輪島市 NOTO FUE:料理人が中心になり能登の食文化を後世につなぐ活動をする団体   https://notofue.jp/project/