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KBC技術の時間:ホップ最前線2026

KBC技術の時間:ホップ最前線2026

現在、クラフトビールのマーケットで販売されるビールの80%以上をIPAが占める時代において、ホップはビール造りに欠かせない中心的な原料となっています。味わいだけでなく、香りにも大きく貢献するホップですが、それを取り巻く技術も、ビールそのものと同じように大きく進化してきました。特にこの5年間の進歩には目を見張るものがあります。

そこで今回は、ホップについて、さらには私たち京都醸造のビール造りにおいて、ホップがどのような役割を果たしているのかを掘り下げてみたいと思います。

そもそも「ホップ」とは? 
ホップは12世紀以来、ビール造りに欠かせない原料として使われてきました。 ビールに風味や香りを与えるだけでなく、ホップが持つ防腐作用を利用し保存性を高め、醸造所から遠く離れた場所までビールを届けられるようにする役割も担っています。

ホップは背丈の高い多年生植物で、それに咲く花に「ルプリン」と呼ばれる小さな粒状の粒子がついていて、そこに含まれる精油成分が、私たちがビールに求める香りや風味、苦味のもととなります。

しかし、ホップも花である以上、やがてしおれ、乾燥し、香りを失っていきます。年間を通じて安定したホップの風味をビールに使いたい醸造家にとって、これは大きな課題でした。そのため、その風味をできるだけ損なわずに保存する方法が、長い年月をかけて進化してきたのです。

乾燥ホップからペレットへ
あまり保存技術がそこまで確立されていない頃には、麦芽の乾燥にも使われていたような乾燥室を利用し、ホップの花を乾燥させて長期保存していました。摘みたてのホップに比べれば風味への影響は避けられませんが、乾燥させることで腐敗を防ぎ、長期間保存できるようになります。

ただし、花の形をそのまま残したホップ(毬花状のホップ、ルースリーフホップ)は、扱いにくいという難点がありました。かさばるうえにビールに投入しても水面にぷかぷかと浮かんでしまうため、醸造工程での使い勝手はけっしてよいとは言えませんでした。

そこで登場したのが、T-90ペレットホップです。
ペレットは大豆ほどの大きさの粒状を指し、「T」はタイプのT、「90」は元のホップ毬花に含まれる物質のうち、90%を保持していることを意味します。つまり、1kgの毬花ホップから約900gのT-90ペレットが作られるということです。T-90ペレットの登場は、それまで乾燥させた花の状態で使っていた醸造現場に、革命というほどの衝撃を与えました。

T-90はどのように作られるかと言うと、毬花を粉砕し、管に通して高い圧力で圧縮します。こうすることで、保管にかかるスペースを大幅に削減できるだけでなく、密度が高まることでビールに沈みやすくなり、液中に分散しやすくなります。
さらに、密度を高めて圧縮することで酸素に触れる面積が減り、保存性も向上します。酸素はホップにとってもビールにとっても大敵です。

その後、あらかじめ計量したペレットを袋詰めし、窒素を充填することで、さらに保存期間を延ばす工夫も加えられました。現在、T-90ペレットは世界中で最も一般的に使われているホップの形態です。

T-45ペレットの登場
T-90を改良して、次の段階として登場したのがT-45ペレットです。 広く販売されるようになったのは、2010年頃。こちらは、その名前が表す通り、1kgの毬花ホップから約450gのペレットが作られることを意味します。

「残りの55%はどこへ行ったの?」と思うかもしれません。T-45ペレットの狙いは、ホップの精油成分をできるだけ残しながら、それ以外の植物由来の有機物を取り除くことにあります。 そのために、まずホップを極低温で凍結させ、ルプリンの粒を固めます。その状態で粉砕・圧縮することで、ホップに含まれる植物由来の有機物を90%以上取り除くことができます。ただし、この工程で取り除きすぎると、ペレットとして成形することが難しくなります。ホップオイルだけでは形を保つことができないため、ペレット化に必要な最低限の植物由来の固形成分を残す必要があるのです。その割合が約45%というわけです。

液体状のホップ製品「フローワブル」
最後に紹介するのが、フローワブル(Flowable)という液体状のホップ製品です。 T-45ペレットでも、ホップの精油以外の成分を完全に取り除くことはできません。そこで近年登場しているのが、植物由来の成分をほぼ完全に取り除き、毬花に含まれる精油成分を濃縮・抽出する製品です。 この液体状ホップの製造方法はメーカーごとに異なり、各社独自の技術が使われているものも多くありますが、基本的には大きく2つの工程から成り立っています。

まず、CO2(二酸化炭素)や蒸留設備などを利用して、ホップからオイルを抽出します。 次に、抽出したオイルを何らかの物質と結合させ、ビールに溶け込みやすい状態に加工します。この工程は非常に重要で、ホップオイルは非常に濃縮された状態では、低温になるとほぼ固体のようになってしまうほどで、水を主成分とするビールにはそのままでは溶け込みにくいからです。

なぜこれほど多くのホップ製品が存在するのか? それぞれのメリットとデメリットは?
では、なぜこれほど多くの種類があるのでしょうか。それぞれにどのような長所と短所があり、なぜ最も濃縮された製品だけを使わないのでしょうか?先に紹介したそれぞれのホップ製品を見ていきましょう。

T-90ペレット
メリット:
業界標準ともいえる、最も一般的なホップの形態。多くの場合、ビールにホップを加えるうえで最もコストパフォーマンスに優れています。幅広い風味や香りを与えることができ、多くの人が慣れ親しんでいるホップの味わいを表現できます。

デメリット:
植物由来の有機物を多く含むため、醸造工程での滓(おり)や雑味の元となり、ロスが増える可能性があります。製造過程で失われるビールが増えれば、醸造所が販売できる量も減り、結果としてビールの製造コストが高くなります。 また、残留する有機物は時間とともに自然に劣化するため、ビールの品質保持期間にも影響を及ぼす可能性があります。

T-45ペレット
メリット:
T-90に比べて植物由来の有機物が約半分に抑えられているため、醸造工程でのロスが少なく、完成したビールの品質もより安定しやすくなります。 ホップ成分がより濃縮されているため、T-90と同程度の効果を得るのに必要な使用量も少なくて済みます。その結果、醸造所における保管コストや輸送コストの削減にもつながります。

デメリット:
植物由来の有機物が少ないとはいえ、T-45も時間の経過とともに劣化します。ただし、その速度はT-90より緩やかです。 また、T-90を使わずにT-45を大量に投入すると、ホップのキャラクターが過度に鋭くなり、不快な刺激を感じることがあります。これはしばしば「ホップバーン(Hop Burn)」と呼ばれる現象です。 さらに、T-90に比べると製造工程が多い分、価格もかなり高くなります。そのため、コストに対して得られる効果という点では、T-90の方が優れていると考える場合もあります。

フローワブル(液体状のホップ製品)
メリット:
余分な植物由来の有機物をほとんど含まないため、醸造工程でのロスが非常に少なく、風味の安定性にも優れています。 T-90やT-45のようなペレットを使う場合に生じるデメリットを抑えながら、より多くのホップオイルをビールに加えることができます。そのため、ホップのインパクトをさらに強めることが可能。 また、ホップは収穫年、ロットごとのばらつきがありますが、このオイルではその影響が小さくなるため、年ごとの風味の違いも抑えやすく、より安定した味わいを実現できます。

デメリット:
植物由来の有機物をほとんど含まないため、ペレットタイプのホップと比べると、風味がクリアである反面、奥行きや複雑さに欠けるという考え方もあります。また、製品自体が非常に高価な場合が多く、製造ロスの改善や保管・輸送コストの削減によって価格差をある程度補えるとしても、開封後の保存が難しい製品も少なくありません。そのため、使用量がパッケージの容量に左右されてしまうことがあります。

さらに、製造メーカーが採用する加工方法によっては、液状を保持する目的や、ビールに溶け込みやすくするために添加される成分が原因で、ビールが発泡酒に分類されてしまう場合もあります。 結局のところ、醸造家はそれぞれの製品のデメリットを抑えながら、新しいホップ製品のメリットを最大限に活用するために、これらを組み合わせて使用しています。 すべてを希望を都合よく解決してくれる「完璧な方法」というのは存在しません。どれか一種類だけに頼ってしまうと、ビール造りで実現できることにも限界が生まれてしまうのです。


フローワブルをさらに深掘りする
フローワブル自体は製品として以前から存在していました。しかし、かつての製造技術では、香りや風味を加える目的よりも、苦味の調整や品質の安定性を高める目的で使われることが一般的でした。

初期の代表的な製品が、ホップエキス、PIKE(Pre-Isomerized Kettle Extract)というものです。 PIKEは、T-90ペレットだけを使用した場合に比べて、より穏やかな苦味をビールに与えられるうえ、ホップがビールを吸収することによる仕込み工程でのロスを減らせるという利点がありました。 その後、ホップ抽出技術が進歩するにつれて、フローワブルの用途も広がっていきました。泡持ちの改善や苦味の調整に使われるようになり、やがて風味や香りを加える目的でも活用されるようになったのです。 そして近年、フローワブル製品は、T-90やT-45ペレットの代わりに、風味や香りを加える用途でも十分に使えるほどの品質に達しました。

かつては一般的な「フルーティーな香り」を加えるだけだったホップエキスも、現在ではCitraなど、特定のホップ品種に由来する香りを持った製品へと進化しています。製品によっては、歩留まりや保存性を犠牲にすることなく、ペレット以上に優れた香りをもたらすことさえあります。 こうした技術の進歩によって、醸造家は以前なら大量のホップを投入することで生じていた問題を回避しながら、かつてないほど強烈なホップのインパクトをビールに与えられるようになりました。

現在では、製造工程のさまざまな段階で最大限の効果を発揮できるよう、用途に応じて設計された多種多様なフローワブル製品が登場しています。

フローワブルに対する先入観
とはいえ、フローワブルにはいまだに根強い先入観があります。 私自身、かつての製品のほとんどが香りや風味の面であまり魅力的ではなかったことをよく覚えています。正直に言えば、味わいはかなりひどいものでした。

人工的なフレーバーエキスには、自然の風味を化学物質で再現しているものも多く、マガイモノというような悪いイメージがつきまとっています。そのため、たとえ天然の原料を使っていたとしても、「エキス」や「抽出物」という言葉自体に抵抗を感じる人は少なくありません。

また、醸造という仕事には、伝統やロマンがあります。ビール造りは非常に長い歴史を持つ仕事であり、醸造家の中には「昔からこうやって造ってきた」という方法にこだわり、新しい手法を取り入れることに慎重な人もいます。個人的には、そうした考え方は少しもったいないと思っています。

ビールの原料となる麦芽をはじめとする穀物が、栽培方法から製麦工程に至るまで、どれほど進化してきたかを考えてみてください。そして、その改良された麦芽を最大限に活用するため、現代の醸造設備がどれほど進化してきたかを見れば、昔のビール造りとはまったく違うものになっていることが分かります。 その結果、ビールはよりおいしく、品質も安定したものになりました。何百年もの歴史を持つ醸造所でさえ、現代的な醸造設備や近代的な製造方法で造られた麦芽を使っているのです。

私自身も、いつも手元にある道具や技術を最大限に活用して、できる限りおいしいビールを造りたいと考えてきました。何よりも大切なのは品質です。そのために、フローワブルを使うことも、選択肢のひとつだと思っています。

制度の先をゆく技術革新、「発泡酒」のジレンマ
この30年間で醸造科学は急速に進歩してきました。特にクラフトビールの世界では、その進化が顕著です。その一方で、新しい製品や技術の登場に対して、法律や規制の整備が追いつかないという問題も生じています。

多くの国では、消費者を守るために、企業が製品を正確に表示することを法律で義務付けています。ビールの場合、従来の原料以外のものを使って製造コストを抑えるなど、一定の条件から外れた製品は、通常の「ビール」とは別のカテゴリーとして表示しなければなりません。 例えば、アメリカでは「モルトリカー」、日本では「発泡酒」と呼ばれるカテゴリーがそれにあたります。 こうした区分は、消費者にとって非常に重要なものです。特に、製品の品質を判断する基準のひとつとして、大切な役割を果たしています。

しかし、昔からある制度が、現代の技術に追いつかなくなったとき、何が起こるのでしょうか?これは、ビール造りに限ったことではなく、刻々と変化・深化するあらゆるテクノロジーについてくる事象です。

フローワブルは、さまざまな製法で作られていますが、その中には、通常のビールであっても、使用した瞬間に発泡酒として扱われることになるものがあります。高品質なフローワブル製品の中には、そのために少量のエタノールを使用しているものがあります。エタノールは発酵によってビールの中にもともと含まれている成分なので、溶解を助ける素材としては理にかなっています。ところが、発酵工程以外でエタノールを含む製品を加えると、その時点でビールは発泡酒に分類されてしまうのです。

日本の酒税法は、半世紀以上前(厳密にいうと1953年公布なので、73年前!)に作られ、今でもその厳格なルールに則って、“正しく“酒造されているかを判断します。つまり、ビールの品質を向上させるために日夜研究が進み、その結果として世に生み出されるホップ製品も、この古典的なルールに合わないという理由だけで、ビールという名称をはく奪され、一般的に低品質なものも存在する”発泡酒“というカテゴリーに格落ちしてしまうのです。

幸いなことに、京都醸造はビールと発泡酒の両方を製造できる免許を持っています。そのため、表示上の区分にとらわれることなく、可能な限り高品質な製品を造るために、これらの免許を活用することができます。

京都醸造のスタンス
私たちは常に、何よりも品質と風味を大切にし、利用できる最良の製法と原料を取り入れながら、ビール造りの可能性を追求してきました。 必要であれば、手間と時間をかけて缶内二次発酵のビールを造ります(こちらも酒税法上は「発泡酒」に分類されます)。また、IPAにさらなるインパクトをもたらすために、厳選したフローワブルの使用を選択することもあります。 それは、「まずはビール」という、私たちが大切にしてきた言葉が示すように、何よりもビールの品質と味わいを第一に考え、妥協することなく追求するという変わらない姿勢の表れです。

一方で、フローワブルのような新しい選択肢は多種多様であり、そのすべてが優れた品質や価値を備えているわけではありません。なかには、期待する効果が得られないものや、品質面で十分とはいえないものもあります。だからこそ、表面的な新しさや機能だけにとらわれず、正しい情報をもとに、その価値を見極める慎重さも求められます。 飲み手の皆さんに安心して楽しんでいただけることを大前提に、これからも、まだ出会ったことのないビールの魅力をお届けできるよう、挑戦を続けていきたいと思います。