定番シリーズ刷新! - Part3

今年外に向くはずだった目線を内へ向け、私たちのことや私たちが造るビールについてじっくり見つめなおしました。そんな時にまず問うのは「今も自分たちが飲みたいビールを作れているのか」ということ。

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定番シリーズ刷新!

振り返る。

青森で出会った生まれも育ちも違う3人が一緒にビールの醸造所を起ち上げた。クリスはホームブリューイングへの熱い想いを持ち続け、ビールを極める道を歩んだ。ポールとベンはそんな熱い想いが注がれたプロジェクトに胸を躍らせて参加を決め、当時住んでいた東京で見る見るうちにクラフトビールの世界にどっぷりハマっていった。二人を魅了したのはクラフトビール業界で出会う素敵な人たちとの交友と競い合うのではなく美味しいビールを世の中に広げたいという素直な目標で繋がるこの業界にある精神性だった。

実際に業界に飛び込んだ私たちは多くのサポートを受けたし、クラフトビールへの愛で繋がったこの業界へ良い影響を与えたいとも強く思った。

3人が集まった時には必ずと言っていいほどそれぞれの「好きなビール」や「作りたいビール」について話をしてきたけど、共通している部分は多く、方向性はすんなり決まった。3人とも共通してドライなビールが好きで、中でも酵母が単にアルコールを生む存在ではなく、複雑な味わいを生成する「秘密の成分」の役割を担っているベルギービールがど真ん中だった。

また、クリスが修行していた志賀高原ビールの佐藤栄吾さんから当時言われた「自分たちが飲みたいビールを作ればいい」とのシンプルな言葉がじんわりと熱を帯びた状態のままKBCの大事な部分で生き続け、今でも迷った時の道標のひとつになっている。

さて、アメリカンIPAが市場を席巻するような状態の中で、本当に私たちが飲みたいビールを作って十分にやっていけるのだろうか、という不安な気持ちはなかったわけではないが、私たちの気持ちはそれでも揺らぐことはなかった。当時、先述の志賀高原ビールやいくつかの醸造所はベルギースタイルのビールを作っていたが、それを主力商品にしているところは私たちが探したところではなかった。それはつまり、私たちが造りたいビールははっきりしているが、飲みたいと思う人がどれくらいいるかは未知数であり、まさに一か八かだった。にも拘わらず、何の結果も待たずに私たちは季節を問わず造り続ける定番ビールのひとつはベルギービールのスタイル”セゾン”でいくことにした。ドライで独特の美味さがあり、良いセゾンは一日中飲んでいても飲み飽きない。他には?私たちはホップのよく効いたビールとダークな黒ビールも好きだ。多くのベルギー酵母はその特性上、世界の現代的なホップをたくさん投入する醸造には耐えられないが、私たちが採用した酵母はそうした使い方にも対応することができた。
そうしてもうひとつの定番、ベルジャンIPAができた。

そして、ドライなビールが好きな私たちは黒ビールの代名詞スタウトでもベルギー酵母にこだわった。そう、定番のひとつ黒潮の如くがそのビールである。

こうして、創業以来変わらない定番商品の3つのビールが出来上がったのです。共通しているのは謂わば伝統的なベルギースタイルのビールに私たちなりの現代風のひねりを加えたテイストであること。それぞれのビールを始めて造った時はさすがに不安でいっぱいだったが、そんな気持ちとは裏腹に周りの反応は上々。定番を3種類も作り出せたことも我ながら驚きだったが、何よりもその後数年の間一番売れた商品はセゾンだったことが何よりも衝撃だった。

それから5年が経ち、ジレンマに面することになる。

今年、私たちは外に向くはずだった目線を内へ向け、私たちのことや私たちが造るビールについてじっくり見つめなおした。3つの定番商品(一期一会、一意専心、黒潮の如く)を目の前にし、まず思い出したのはあの時の佐藤さんの言葉「自分たちが飲みたいビールを作ればいい」。果たして私たちは飲みたいビールを今も作れているのかと自問したところ、正直に言って、あの定番を作り出した時ほどの気持ちが目の前の定番3種に向いていない現実を知った。それは、マンネリズムとかそういうものではなく、私たちはあれから数多くのビール醸造を経て、より良いビールを作るために試行錯誤し上達していくなかで、また広く深くビールを知ったのだ。では、今この定番商品に出来ることは何か。また一から線を引き直して始めるのか?改めて、定番にアメリカンIPAやラガーを据えてみようか?いやいや、どれも違う。私たち3人は今年、ビールのシリーズについて何度も何度も話し合った。まず最初にもし仮にまた一から醸造所を始めるとした場合、何を作りたいかという問いを立てた。

3人の答えは、、、

  • セゾン
  • ベルジャンIPA
  • ベルジャンスタウト

だった。今と同じ酵母を使った同じ3つだ。でも、それぞれの商品の中でここがどう、あそこがどうととにかく言いたいことをたくさん話し合った。

一期一会は好きだけどセゾンのどういうところが気に入っているのか。ドライでキレが合って飲み飽きなくて、食べ物との相性がいいところは最高にいいという共通の認識を確認した後、エステル香の強さや苦味の強さが少し強すぎて食事の味に影響してくるとか暑い日に飲んでると流石にもう少し軽めのものを欲しくなる、という意見が出始めた。

では一意専心はどうか?これもお気に入りのIPAだが、若干一期一会に近い部分があるという意見があった。確かに酵母は同じ、麦芽が織りなす味の背景も少し違うだけで、唯一ホップで違いがはっきり分かれていると言える。もし一意専心にメスを入れるなら、もっとパンチの効いた最近の限定醸造IPAでよく採用しているようなニュアンスを加えるのはどうかというアイデアに着地した。

そして、最後は黒潮の如く。
そのドライな部分はスタウトというスタイルのいわば醍醐味のようなものだ。が、それに対してボディーがその飲みやすさゆえにややひ弱なのが全面的に出てしまっている。これにすこしパンチを加えたら、黒潮の如くのベースになったコラボ限定醸造「双截龍」により近づくかもしれない。

これらの変更は決して容易なことではない。
それは「壊れない限り、治すな」という言い伝えに裏付けされている通り、定番を崩すというのは危険な行為でもある。確かに、今までの3つの定番ビールを愛飲してきてくれた人がいて、それを変えた方がいいなんて言う人はほとんどいなかったに等しい。じゃあ、守りの姿勢をとり、ビールに詳しい識者にどうしたらいいと聞きにいくのか、それとも「あの言葉」に従順であることを選ぶのか2者択一であれば迷わず後者でありたい。それがKBCであり、真剣に今私たちが飲みたいビールを作ろうとしているからである。

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次のパート3では2020年に掲げたテーマのひとつKBCのビールへの“アクセス“について振り返っていきたいと思います。KBCのビールがどこで流通するかについて一種のジレンマを経た後に決断し、結果的に新たな広がりを迎えることになります。